
東京六大学野球連盟85年の歴史上初めてのオールスターゲーム。
2010年8月28日、松山市の坊っちゃんスタジアムは
1万3500人のファンが詰め掛けた。
東京六大学野球の魅力と愛媛松山の野球熱のなせる業か―。
ちなみに2002年には
プロ野球のオールスターゲームを経験している松山。
その違いは百も承知している。
それでもプロ野球のフランチャイズでない町だからこそ
市民の野球を見る目は各カテゴリー別に細かく、そして優しい。
坊っちゃんスタジアムには、
小、中、高校、大学、社会人、独立リーグ、プロ野球、
さらには女子野球のクラブチーム、日本代表、そして海外チームと
ありとあらゆる野球チームが訪れる。
その様子をNHK、民放4局、ケーブルTV、FM局、
さらに新聞、雑誌、専門誌など
必ずどこかのマスコミがほぼ確実に取材し、
映像で、活字で広く県民に伝えられていく。
そんな県はめったにない。
慶応、立教、法政の「チーム坊っちゃん」。
早稲田、明治、東京の「チームマドンナ」。
もちろんこの試合は興行だ。
選手も「楽しみたい」を連発する。
應武監督も「初めてのことなので」と苦笑いで戸惑いを隠さない。
しかしそんな中、「2人」だけは違った。
早稲田の「福井優也」と「宇高幸治」。
「成長したところを見て欲しい」と宇高。
「落ち着いたなというところを見て欲しい」と福井。
しかし地元ファンはそんなこと、
「頼まれなくても」見に来ている。
ただ、ニュアンスが少し違う。
「成長したところ」を見にきたのではない。
「成長したかどうか」を見にきている。
ただそれが愛媛の野球の楽しみ方であり、熱である。
それにしても、2人の人気は衰えない。
逆にうなぎのぼりだ。
済美福井が選抜初優勝、夏準優勝したのが2004年。
3年のドラフトで巨人に指名されながらも結局進学。
また今治西、宇高が後輩の熊代を率いての甲子園3回戦が2006年。
みんなきのうの事のようだと言う。
そしてこの日、チームマドンナの先発は福井。
やはり福井には先発が似合う。
そしてこの荒れ球!
高めに外れ、胸元をえぐり、しばらくはそんな感じ。
ただ、調子が悪いわけでは全く無い。
見誤ってはいけない。
スライダーで簡単に2ストライクだ。
しかも投球テンポが異常に早い。
ちぎっては投げ、ちぎって投げ・・・
1回、フォアボールのランナーに続いて
法政の多木にタイムリーを打たれた。
ただそれも含めて福井にはウオーミングアップだ。
尻上がりに調子は上がっていく。
どんどん球速も上がる。
出た、148キロ。
本質は何も変わってない―。
ただ、調子を整えるまでの時間が短縮されたか。
結局、福井は3回を投げ2安打1失点で投了。上々の内容だ。
「力を入れ過ぎてしまいました。
楽に投げれば、楽に抑えられるということがあらためて分かりました」
「スタジアムに名前がコールされた時、
歓声が大きくなったので嬉しかったです」
「先のことは考えずに、リーグ戦に臨みたいです」
そして最後に―
「できれば、行きたいです」。
胸に秘めた思いはひとつ。
福井優也。
あの日と何も変わっていない―
夏休みだから「日記」。
また寝室の温度調節がうまくいかず
暑さで目が覚める。寝不足気味。
午前8時。アサガオを見にアイテムえひめへ。
ただのアサガオではない。
「宇宙アサガオ」だ。
でも見た目は普通・・・よりも立派なアサガオだ。
種は宇宙で9ヶ月間過ごしたという。
この秋できる2代目の種を来年植えると、
突然変異が起きる可能性があるという。
どうなるかは全く見当もつかないらしい。
花が大きくなるか、模様ができるのか。
肉食系植物に変わり、地球上の生態系に変化が生じ・・・
そんなことは無いでしょうが。
日本宇宙少年団の松山分団の子供たちもいた。
「5、4、3、2、1・・・はい、おはようございます!」
副団長の説明は自らのカウントダウンで始まった。
午後、マドンナスタジアム。
炎天下、野球だ。試合をしている。
揃いのTシャツを着た応援団もいる。
公式戦だ。
聞けば高校野球の新人大会。
甲子園は一握り。
一方、全国約4000校では次ぎへ動き出している。
8月12日。お盆前。
しかし国道を車で走ってもあまり空気の変化は感じない。
いや、自分の気持ちの持ち方か・・・。
空港は帰省客で賑わっている。
「5秒前、4、3、2、1・・・キュー」
きょうもカウントダウンでニュースが始まった。
本日私は送出担当。
冷房の効いた部屋で
いつものように汗をかく・・・

(2010 夏)
「この猛暑 球場でなければ 耐えられず」
今、全国で続々と甲子園出場校が決まっていますね。
愛媛もいよいよ明日が決勝戦です。
今年の大会は本当に灼熱の太陽との戦いでした。
選手はもちろんスタンドも
まさに気を抜けない状態で戦ったことでしょう。
でもどれだけ暑くても
「高校野球だから耐えられた」
そんな感覚、ありませんか。
なぜでしょうね・・・
声を枯らして2時間応援歌を歌い続けた人も、
手拍子を叩き続けて手が腫れた人も、
観戦に誘った彼女が暑さに負けないよう気を使い続けた人も、
試合中、暑くて団扇を1000回振った人も、
焼けたベンチの暑さに耐えた人も、
営業サボって駆けつけたからYシャツを脱ぐわけにいかない人も、
汗をダラダラ流しながらも笑顔を絶やさぬ売り子さんも・・・
今、目の前で白球を追っている選手たちが
本当に輝いて見えるから、
頑張れたのかもしれませんね。
幅43センチのホームベース上をめがけ
18.44メートル先から投じられた
直径7センチあまりの丸いボールを丸いバットで打つ。
その不確定要素の宝庫、ベースボールだからこそ、
私より丁度100年早く生まれたあの御方も
のめりこまれたのでしょうね。
「今やかの 三つのベースに人満ちて
そぞろに胸のうち騒ぐかな」
正岡子規
いよいよあすは愛媛大会決勝戦。
やればできるか、牛鬼か―
勝機一瞬
(我が家も開幕) 午後8時。
これで5日目。
午後8時、午後11時で2試合というサイクルが続いている。
FIFAワールドカップ南アフリカ。
テレビ観戦は10試合に上った。(途中記憶がない時も多々あるが)
●開幕戦グループA 南アフリカ1-1メキシコ
メキシコが圧倒的にボールを支配する前評判どおりの展開だったが
カウンター一発で南アフリカが先制。
「チャバララ」の名がブブゼラの猛烈なノイズに溶け込み
サッカーの世界的祭典は幕を開けた。
●グループB 韓国2-0ギリシャ
韓国楽勝。それでもプレーはユルい。
大黒柱、パク・チソンは余裕ありあり。
ギリシャのスローなサッカーに付き合った感じで
なかなか尻に火がつかない感じ。
逆に日本戦での気合はやはり別物だと確信した。
それでも中盤のプレッシングなどは日本にとって参考になる。
前半7分 韓国先制。イ・ジョンスは鹿島アントラーズ所属。
今大会Jリーガー初ゴールとなる。
今やアジアの雄、韓国がここでアジア勢を乗せた。
●グループB アルゼンチン1-0ナイジェリア
ブブゼラの音が突然止まった。
メッシがシュートを放った瞬間、スタジアムはどよめきに包まれた。
そんなことが8回繰り返された。
眠くなる間もなかった。
●Dグループ ガーナ1-0セルビア
通訳北島さん(愛媛FC)、残念でした。
私も応援しました。
旧ユーゴ時代を除き、セルビアとして初勝利を目指したこの試合。
同じバルカン半島のスロベニア勝利の直後だったが甘くはなかった。
フリーキックでのサインプレーなど練習を実行に移す勇気を持つ
セルビア。
しかし「ガーナDFのたくましさ」はセルビアを苦しめ、
流れはかわらずダークホースは初戦を落とした。
●グループE 日本1-0カメルーン
そして日本が勝った。
ワールドカップはFIFAランキングの確認ではなく
「強いチーム」を決める大会だ。
得意な戦術、個々の能力、ランキングなど
戦力を推し量る材料はいくらもあるが、
その基盤の上でその一戦にどんな作戦で臨むかが
最も問われるのだろう。
「強さ」=「勝つ方法の周知徹底度合い」なのかもしれない。
「やかましいんや!わからんのか!」
見るとそこには50歳代ぐらいの男性。
サンダル履きからしてもご近所の方だろう。
「申し訳ありません」
そう返事をしたのは1人の監督。
某高校の硬式野球部の練習を見学していた時のことだ。
時刻は午後8時50分。
練習も終了間際、選手全員が声を合わせて
グラウンドを周回していたのが引き金となったのだろう。
監督に聞けば、町内会との話し合いで
午後9時までは、許容範囲として折り合いはついているとのこと。
直接グラウンドに来てのクレームは初めてということで、
男性もこの日は、余程虫の居所が悪かったのかもしれない。
だが、この野球部は曲がりなりにも県内屈指の伝統校の1つ。
選手が声を合わせてグラウンドを周回するなど
今に始まったことではない。
居合わせた私も、正直この程度で?と首をかしげるほどだった。
誤解を恐れずに言えば、この高校の近くに居を構えるということは
その声も覚悟の上ではなかろうかと。
「すいませんでした!」
直後、選手たちが声を揃えてその男性に謝罪した。
しかしその様子は不憫でならず、正直憤りさえ覚えたが
その一方で・・・ふと思った。
もしかするとこれは
『いかにチームが低迷していたか』の表れなのかもしれないと。
2つ考えられる。
午後8時50分まで練習をすることなど最近は無かったか。
または、最近は苦情を受けるほどの「声量」ではなかったか。
やっと苦情が来るようになった―
どちらにしても、夏は近い。
選手の声量は日に日に上がり、
練習時間も遅くなっていくだろう。
苦情に訪れた男性との戦いは続くかもしれない。
しかしそれこそが、「伝統校復活」の確かな手応えと考えたい。

「つぶやく」を辞書で調べると
「小声でひとりごとを言う」とありました。
でも、最近の「つぶやき」は
どうも小声のようでないし、ひとりごとでもないようで、
「つぶやき」=「発言」のようです。
実はどんどん「重み」が増してきていませんか。
いよいよ6月。
「つぶやき」がうねりを作り、
「発言」が責任を問われる月の始まりですね。

(岩波 国語辞典より)
「悔いの無いプロ野球生活だったなと すごく思います。
一年一年、全力でやりましたし
出せるものは全て出し切ったという
思いがすごく強いです」
西山道隆さん
(2010年4月24日 坊っちゃんスタジアム)
坊っちゃんスタジアムが似合う選手が
また1人、現役を引退した。
西山道隆投手。
元愛媛マンダリンパイレーツの150キロ右腕だ。
プロフィールは省略―
しかし30歳になった。
2006年ソフトバンクホークスの「育成枠」で「122番」を背負い、
2010年「ファームスタッフ」として、今「104番」を背負う。
それが現実―。

「とにかく黒子に徹して
選手の皆さんが少しでもやりやすいように
少しでも1軍で活躍出来るように
微力ながら役に立てれば有り難いですね」
1軍で白星がなかった西山投手。
それも事実―。
制球力に苦しんだ西山投手。
それも事実―。
でも、ファンは忘れない。
記録本に残らないNPB4年間の物語を―
「おい、ニシ!今、何球や?」
「100球です・・・」
本当は「400球」投げていたあなたの頑張りを―
いつまでもいつまでも
坊っちゃんスタジアムの周りを走っていた姿を―
そしてソフトバンク2軍の「雁の巣球場」での猛練習ぶりに
当時の大エース「斉藤和巳」も舌を巻いたことを―。
「でも結果が出なかったから、やはり努力が足りなかったんです」
背番号「104」は続けた。
「でも、ひとつ言わせてもらえるなら、
アイランドリーグの選手たちには
絶対に自分の可能性を信じて続けてほしい」
愛媛MPとの交流戦開始2時間前、
「西山さん」が坊っちゃんスタジアムのマウンドに向かった。
しかし西山さんの足は
ピッチャーズプレートの数メートル前で止まる。
そして防護ネットに囲まれながらケースからボールをひとつ握った。
右打席には「背番号2」
ルーキーの今宮健太。明豊高校出身。
高校通算64ホーマー、MAX154キロ右腕。
去年、夏の甲子園では西条秋山を破り、菊池雄星に敗れた
ソフトバンクの「ドラフト1位」だ。
風はまだ冷たいが、初夏の日差しの坊っちゃんスタジアム。
西山は汗をぬぐい、帽子を被り直し
そしてゆったりとしたモーションから右腕を振り抜いた。
「打ってくれ」と祈りながら―
「彼が打ってくれて、ホント良かったと思います。
本当に大仕事をやってくれました」
愛媛マンダリンパイレーツ 沖 泰司監督
(2010年4月11日 新居浜球場)
愛媛MPのホーム開幕戦は新居浜。
この日、快音を残した打球が三度、
両翼91メートルの上空に舞い上がった。
その1回目と2回目には
「神」でゲストの「水樹奈々さん」も跳びあがって喜んだが、
「3回目」に最も高値がつくとは思いもよらなかっただろう。
その3回目を競り落とした男の名は、
「近藤幸志郎」
時代劇ではない。野球選手だ。24歳。
しかし日に焼けたその顔は野武士そのものである。
その野武士が新居浜の厚い曇に閃光の矢を射ったのは
3対3に追いつかれた直後の8回ウラ。
近藤は、一振りで試合に決着をつけ、刀を鞘に収めると
太い眉をピクリとも動かさず、4つの目印を足裏でかみ締めた。
「打球の感触が残っていて、手がまだしびれてます」
試合後ようやく笑顔になったが、また野武士に逆戻り。
「みんなで勝ちに向かって一生懸命やってたので、
たまたま自分が打てただけで、チームのお陰です」
近藤は、ルーキーの去年、ホームランを2本放っている。
もともとパワーヒッターだ。
しかし、1年目は過去の自分を捨てた。
バントの構えからヒッティング・・・
いわゆるバスターフォームで打席に向い続けた。
かっこよさとは無縁の試行錯誤が続いた。
しかし2年目。
ホーム開幕戦、2800人もの応援団。
何よりも、過去5年、ホーム開幕戦で白星がない愛媛MP。
そして近藤は男になり、
水樹奈々さんは、
願い叶って「勝利の女神」になった。
2010四国・九州アイランドリーグ
ホーム開幕戦
愛媛MP 4-3 高知FD
金メダルが「2つ足りない」と思った。
バンクーバーオリンピック女子フィギュアスケート。
「世紀の女の戦い」は世界中の注目を集め
韓国のキム・ヨナが金メダルを獲得した。
浅田真央。
ショートプログラムで1回、
フリーで2回、
合計3度に渡ってトリプルアクセル=3回転半を成功させた。
女子では世界初の快挙だ。
でも「銀メダル」に泣いた。

一方「吠えた」のが、ロシアのエフゲニー・プルシェンコ。
前回、トリノ大会金メダリストは競技前の会見で
「スケート界の未来のために4回転にこだわる」とピシャリ。
本番でもその言葉どおりの演技内容を遂行した。
でも、結果は「銀メダル」。
「4回転を跳ばない人が金メダルなんて」
プルシェンコは嘆いた。
「金メダル」のためには「回転数」か「ステップ」か。
正確にはどちらが多く得点を積み重ねることができるか。
今回のバンクーバーでは後者だったのだろう。
「相当なエネルギーを費やし大技に挑戦して失敗するより、
回転数を減らしてでも確実に演技した方が
得点を積み重ねられる」ということだ。
競技のレギュレーション、ルールを知り、
その中で最大限の勝負をする。
これは普通。
しかしスポーツ、特にオリンピックの歴史では
自国に都合のいいようにルールそのものを変えてしまうことは
そう珍しいことでもない。
特に人間のジャッジが結果のかなりの部分を左右する競技では
そこの部分は常に議論されているテーマだろう。
荻原健二が活躍しすぎるあまり、
ヨーロッパ勢の圧力でジャンプの「得点配分」を減らしてしまった
ノルディック複合なども記憶に新しい。
ただ今回のフィギュアスケートを見ていると
人間の能力の限界に挑むかのような3回点半や4回転の凄さと
ステップや表現力などの要素は
どちらも「単一種目」として十分な魅力を持っていて
1回の演技に両方が組み込まれている現在の演技構成は
なんと贅沢極まりないものかと思う。
「ショートプログラム」と「フリー」
それぞれに金メダルを用意してはダメなのか―
「ショート」は「スケーティングの正確性」に重点を置く。
究極の精密さを追求する。
「フリー」はその名の如く、自由な発想で
フィギュアスケートそのものの可能性を追求することに重点を置く。
制限時間内にどんどんアクロバティックな大技や
パフォーマンスを繰り広げ、ジャッジはもちろん、観客を唸らせる。
そして個人が獲得した得点の、上5つの合計で競うのである。
例はいくらでもある。
「ジャンプ」と「距離」は別々の競技としてメダル争いをしている。
そしてその上で「ジャンプ」と「距離」の両方で争うのが
「ノルディック複合」だ。
その肉体的な器用さ強靭さ双方を併せ持つことの凄さ。
「キングオブスキー」と称される所以だ。
夏のオリンピックでも
陸上では個々の種目があり、また7種競技のような複合型もあって
それぞれにメダルが用意されている。
つまり今回のキムヨナ、浅田真央の戦いは
まさに「フィギュア複合」=「キングオブスケート」を決める戦いとして
間違いはない。
ただもし「ショート」と「フリー」の2種目にメダルが用意されていたら
2人の類稀なる能力はそれぞれ「金メダル」として評価を受け、
日本国民は
テレビに何度も映し出される
「満面の笑みの真央ちゃん」に元気をもらい、
日本経済も上向いていたかもしれない!
(次回は、あの「コクボくん」を見ていて浮かんだ
「スノーボード新種目」です)
バンクーバーオリンピック スノーボード男子ハーフパイプ。
青野選手は9位に終わった。
決勝では「絶対王者」ショーンホワイトを追って
全員が束になってかかっていったような構図になり、
メダル候補といわれる選手たちが
大技「ダブルコーク」にチャレンジしては、
成功し、そして失敗していった。
そこでは「出来た」か「出来ない」かだけが重要なことであり
ジャッジがつける得点による「順位」など
選手たちにはあまり意味がないようにも見えた。
そしてそんな様子を眺めていると
なにか小学生の頃の「度胸試し」を思い出した。
体育館に忍び込み、ステージの緞帳のレール上から
下に敷いたマットの上に飛び降りたり、
ブランコを思いっきりこいで勢いをつけ
ジャンプして柵を飛び越えたり、尻を打ったり、
公園の山の上から自転車で駆け下りたり、
橋の上から運河に飛び降りてみたり・・・
周りの評価などという概念はそこには無く、
仲間になれたか、なれないか・・・
それが全てだった時代を思い出した。
でも青野選手のジャンプが
「5F建てのビルと同じ高さ」だと分かった時、
懐かしさなどは吹き飛んだ。
それはさておき「最後の着地」。
何度も思い出しても残念なシーンだが、
着地のミスは、
直前のエアーに何かあるということで、
そのエアーで何かあるということは、
その直前のアプローチの段階で問題が生じていたと予想される。
さらにそのアプローチに影響を及ぼしていたのは
直前のジャンプの着地だろう。
どんどん遡っていくと、結局「スタート地点」に戻ってしまうが、
結局、ハーフパイプ競技の真髄は「トランジッション」、
技と技の「つなぎ目」の精度にあるのだろう。
「跳んで見なけりゃ分からない」
「出たとこ勝負や~」
そんな感覚とは無縁の、
明確な因果関係に基づいた世界なのではないか。
青野選手にこう尋ねたことがある。
「フィギュアスケートのジャンプのように
ジャンプの瞬間に、3回転を2回転に変更したりすることもあるの?」
青野選手の答えは「ない」。
「飛び出す時には上半身の先行動作が必要で、
予定回転数に合わせて準備して飛び出します。
だから、例えば空中であまり高さが無いからといって
半分だけ回転を減らそうとすると、
もう勢いが付いているので着地の失敗につながります」
で、「最後の着地」。
決勝2本目、上から予定通りのジャンプをこなし
たどり着いた最後の「一発」。
当然3回転を狙って空中に飛び出したのだろう。
しかし高さが足りず、
その分パイプの底まで飛び続ける必要が生じ、
いざ着地すると、今度は板に体重を乗せるまでの時間があまりなく、
先に雪面にエッジを取られてしまった―
と推測するがどうだろうか。
何はともあれ、
「スノーボードをたくさんの人に知ってほしい。
楽しさをもっと伝えたい」
という青野選手の思いは今回のオリンピックを通じ
十分に伝わったのではないだろうか。
「ダブルコーク」を入れなくても
「マックツイスト」を入れなくても
アクロス重信の天井さえもぶち抜くほど
回転軸のぶれない「高さ」のあるジャンプで
堂々と世界と渡り合う青野選手の勇姿は
私たちの心にしっかりと刻まれている。
慌てず、騒がず、自分のスタイルを見据える19歳の青年。
ふわりと浮かんだビルの5Fの高さから見つめていたのは
ライトアップされた美しく悩ましいあの「着地点」だけではない。
世界はもう3日前の「あの日」から
次のオリンピックに向けすでに加速し始めているのだから。

「お帰りなさい」20(日)松山空港
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