高橋浩由の「スポーツ素敵に隠し味」

2013年05月01日(水)

最強男復活!村上幸史

本当に驚いた。

正直ピークを過ぎたと思っていた。

とんでもなかった。

 

そんな思いを抱えながら

コーチの浜元一馬さんに話をお聞きした。

 

とても嬉しそうだった。

私も嬉しかった。

 

「85m96」

 

ついに村上幸史選手が85メートルの壁を越えた。

これまで費やしてきた気の遠くなるような時間全てが

報われた瞬間だっただろう。

 

ロンドンオリンピックでは

屈辱の予選落ちどころか

ディーン元気というアップカマーの

引き立て役にも甘んじた。

 

しかし村上選手は常々語っている。

 

「やり投げは単純。ルールも単純。強い者が勝つ。

 そんなやり投げが僕は大好きですからね」

 

 

浜元コーチに尋ねた。

―なぜ記録が出たんですか

 

「生活が規則正しくなったんですよ」

 

聞けば、村上選手はこの春から

母校、日本大学文理学部の准教授として

教壇に立っているという。

 

「火曜日から金曜日までに9コマ持っとるんですよ。

 だから練習時間が減った分、練習の質を高めていると

 本人も言ってました。

 それが良かったんじゃないですかね」

 

そしてさらに・・・

 

「周りの関係者みんなが『リラックスしてたのがよかった』  

 と話しとるんですよ。

 私が朝見たときは、80m位だと思ったんですがね」 

 

 

 

2013年4月29日。

陸上の織田記念国際、男子やり投げで

上島町生名島出身、村上幸史選手が

日本歴代2位の記録で優勝。

 

3投目に描かれた放物線は、

自己ベスト更新の「85m96」

 

周囲の雑音などよそに、粛々と準備を進めてきた村上。

その静かなる闘志と執念を

今、彼の目の前に座る学生たちは肌で学んでいる。

 

 

「継続は力なり」

 

 

s-IMAG0597.jpg

 

(この当時の自己ベストは83m10

 この大会では国内ベストの82m41で2位...)

 

 

 

私もブログを引退したわけではなかった・・・

 

2013年02月01日(金)

「言葉の力」

昔、小学校のどこのクラスにもいた「いじめっ子」。

 

とは言っても、今の時代の「いじめ」とは違い

 

いわゆる「ちょっかい」を出してくるようなものですが、

 

なぜ「手」を出してしまうのか―

 

 

その主な原因のひとつには、

 

「うまく思いを伝えられない」ことがあったように記憶しています。

 

 

伝えたいことがあるのに、うまく言えない!

 

あ~、もう、こっちを向いてくれッ!

 

'バシッ'

 

 

******************************

 

柔道女子日本代表の園田隆二監督。

 

 

トップ選手15人から暴力行為などで告発されましたが、

 

今回の記者会見で、園田氏が言った「一方的な信頼関係」。

 

そこから察するに、やはり今も昔も鍵を握っているのは

 

「言葉」なのではないでしょうか。

 

 

選手に気合を入れる。奮起させる。奮い立たせる。

そのために・・・

ここから先を「殴る」かわりに「言葉をかける」。

 

殴って強くしてきた指導者と殴られて強くなってきた選手。

痛いとか、手っ取り早いとか、わかりやすいとか、

その「利用価値」は確かに色々あったと思います。

 

それを今度は「言葉」に置き換えてみてはどうでしょう。

 

 

相手を奮い立たせる言葉。

きっと1人1人、響く言葉は違うでしょう。

ボキャブラリーもたくさん用意する必要が出てくるでしょう。

その手の専門家やアドバイザー、あるいは心理カウンセラーなども

もっと日常的に必要になってくるかもしれません。

でも時代がそうなら、その土俵でまた勝負したらいいんです。

 

 

1人の指導者がなんでもカバーできれば最高でしょうが、

複数の「指導者チーム」という形もありでしょう。

どんどん変えてみたらいいんです。

 

 

 

そして、全ては社会に繋がっています。

 

かつて「体育会系」が一流企業に重宝されました。

へこたれることなく頑張る底力に期待が集まりました。

そういう根性が企業にも求められました。

 

 

今の社会に求められる人物像・・・

 

どうでしょう。

変わってきていますよね。

 

 

「言葉の暴力」

 

 

これだって、実際今の時代でも

言われれば相当厳しく、へこみますよね。

 

でも「暴力」よりはいい。

 

落としどころはそのあたりなのかもしれませんね。

 

 

 

同じ時代を生き、違う立場ながら「勝利」という同じ目的に向かう。

 

育てられ方が時代を反映しているのは当然で、

 

だから社会と共に変わっていくのも当然なのでしょう。

 

 

好き嫌いは別として―

 

 

s-日の出 IMAG1765.jpg

 

 

 

 

2013年01月16日(水)

きっかけは「歌会始の儀」

きょう「歌会始の儀」のニュースを見ました。

 

短歌の語尾を「なが~く」伸ばして読み上げるのを聞いて

 よく息が続くな~と感心していると

  ブログを更新する機会は今だと思い立ちました。

 

s-初日の出.jpg

(from wake-beach ) 

 

初日の出を見て、あっちこっちで自転車こいでいたら~

 

s-IMAG1847.jpg

 

(@多々羅しまなみ公園)

 

 

s-IMAG1899.jpg  玉川.jpg

 

(@玉川湖)

 

あっという間に1月も中旬になってしまいましたが~

 

なにか書き始めなければ、始まらないと思いながらも

 日々、起きる出来事のひとつひとつに

  瞬間反応だけする癖がついていて~

 

まとまった分量で自分の考えていることを表現することが

 すっかり苦手になっているのはなぜかと思案すれば

  やはりFB、フェイスブックのためなのか...と

   言い訳をしてみるのですが~

 

それ以上に新年早々、日々、世界では

 多種多様なことが起きていて目を奪われているうちに

  もう次の話に移っているという在り様で~

 

そのスピードについていけないな~

 などと言ってはいられず、よ~しそれなら、

  周回遅れも先頭だ!などと強引な理論で

   とにかく文を書くことにした次第であります!

 

 

さて、愛媛のスポーツ界も動き始めています。

愛媛FCは先日、新入団選手の発表会見を開きました。

そして石丸監督が掲げた今季のスローガンは「一丸」。

略せば「石丸一丸」とは、これ覚えやすい!と感心していたら

サンフレッチェ広島と偶然同じだそうで、

日本一のチームと同じスローガンも志高くてよいではないかと

新監督、スタッフの本気度を垣間見た気がいたしました。

 

s-IMAG1942.jpg FC.jpg

 

 

中盤から前がごっそりいなくなり

不安もどんどん膨らみますが

ここからどんなチームが出来るのか

期待もどんどん膨らみます。

 

日本代表、世界へと大いなる夢と希望を抱く若い選手たちが

日本各地から、今、愛媛に集まり、

私たちと同じ空気を吸って頑張っている!

 

それだけで、私などは

 新たな1年を乗り切るエネルギーを

  もらえたような気がしています~~~

 

 

その3日前―

北条の人工芝グラウンドで行われた初練習。

振り返れば、陽光きらめく瀬戸内の海が

そこには眩しく広がっていました。

2012年11月27日(火)

曇り空の向こうに広がる「花園」

その若者たちは、

この人を高く高く空へと差し上げるために

日々、鍛え続けてきたのかもしれない。

 

県立高校の三島を率いて「12年目」の野本聡監督jは

「8年連続」で決勝進出を果たし

「2度」花園の芝を踏んだ。

 

しかし1度目、06年決勝の相手は「新田」。

09年2度目の決勝の相手は「松山聖陵」。

「北条」には決勝戦で3連敗を喫していた。

 

いいチームなのに最後でトライが取りきれない

なぜなんだろう・・・

北条との4度目の決勝対決を前に

野本監督は確固たる答えを見いだせない状態が続いていた。

ただ、今年の三島フィフティーンには

「優勝するんだ」という目的意識とプランだけは

くっきりと明確だった。

 

VTRでその瞬間を止めると、よくわかる。

1トライをあげ、5対0とリードして迎えた「前半27分」、

相手陣内でペナルティを誘った瞬間、

画面に映る黄色いジャージの全員が

ほぼ同時にゴールポストを指さした。

 

それは、「後半8分」、そして「試合終了1分前」でも変わりなく、

キャプテン渡邊純也は、精密機械のように

楕円球をポスト間に放り込んでいった。

 

19対0の完封勝利。

FW力で接点を制し、セットプレーを安定させ、

そしてタックルを繰り返し、キックを決めた。

 

「長い3年間でした・・・」

そう振り返った野本監督は

まもなく、教え子たちの本当の力を

身を持って知ることになった。

 

秋の空をいつまでも、いつまでも見つめながら・・・

 

s-三島優勝.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2012年10月10日(水)

坂の上の「声」

何か憧れはあるけど近寄り難い。

 

ずっとそんな感じ。

 

でも思い立ってから早いのは

 

やはりいつものこと。

 

 

 

「亀老山展望公園」

 

 

 

それは今治から来島海峡大橋を渡って最初の島、

  

「大島」にある展望台。

 

そこまで坂道を上る。「自転車で」

 

s-老3.jpg

 

 

 

 

上りきれた。

 

 

 

 

 

 

s-s-亀.jpg

 

 

トータル4キロ

 

このうち坂が2.6キロ

 

平均勾配9%超の 「激坂」だった。

 

 

サングラスの内側に汗がポタポタ...

 

もう無理だと思った。

 

すると坂の上からきた「風」が

 

 

「頑張って~!」

 

 

 

同じ苦しみを味わった者の言葉―。

 

 眼下に広がる風景が

  

初めて自分の体に染み込んだ。

 

 

 

 

s-s-亀2.jpg

 

 

2012年09月27日(木)

オレンジの風

 

空がきれいだな~と思った。

もう秋だ。

 

2月にチームがスタートして8ヶ月。

愛媛マンダリンパイレーツは「後期優勝」

 

星野おさむ監督は

もっともっと高くと囃し立てる澄み切った青空に美しく舞った。

 

s-優勝1.jpg

 

愛媛銀行グラウンドがいつもと違う場所に見える。

なぜなら、みんな「笑顔」

 

いつもは選手と監督コーチだけ。

正確には「総監督」と呼ばれる常連さんと熱心な女性ファンもいるが

吹き抜ける風は熱くてきつい。

 

「やれって言ったらやれっ!」

「なにしに来てんだここに!」

「お前の引退試合、いつにする?知り合いを呼んどけ!」

 

s-優勝4.jpg

 

危機感と、憎悪と、開き直りと決断と・・・

そんなものが「そこ」にはいつも渦巻いていた。

薄い氷の上を渡りきるには

足元が割れる前に次ぎの一歩を踏み出すしかない。

ぼんやりした夢を、とろんとした目で眺めていると「パリン」といく。

 

練習は裏切らない。

そんな甘いものではない。

だからもっとやる。

でも結果なんか出ない。

結果を出せるチャンスがあるならまだいい。

それすら掴めない選手もいる。

でも止まると「パリン」

そうやって、来る日も来る日も・・・

 

好きだなあ、みんな野球が。

 

9月25日、高知球場で行われた愛媛の後期最終戦。

愛媛が10対2で高知に大勝した。

選手ひとりひとりが「役割」を果たした充実の一戦だった。

 

その試合後―

 

s-優勝3.jpg

 

ロッカールーム前の通路には、両軍選手達の笑顔が。

1年間、「敵」とはいえ、見ず知らずの四国にやってきて

夢を追いかけ切磋琢磨した、かけがえのない「仲間」。

互いの健闘を称えあう姿は心に染みる。

 

シーズンが終われば、それぞれの道が待っている。

「一生の別れ」

大げさかもしれないが、事実かもしれない。

 

四国アイランドリーグプラスにいる約100人の若者たち。

そんななか、もう少しだけ

同じメンバーで野球ができるという勲章を掴んだ

「愛媛」と「香川」の選手達。

 

肉体と頭脳と策略と心と。

さあ、どっちがどれだけ野球好きか―

 

日本初の独立リーグ、8回目の王者決定戦。

碧く高い秋の空に、まもなく「オレンジの風」が吹き荒れる。

 

 

チャンピオンシップ 愛媛MPvs香川OG

9月29日(土)マドンナスタジアム 午後1時開始。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2012年09月13日(木)

しまなみ海道と風呂  

9月最初の日曜日。

空が高くなってきた。

しまなみ海道へ自らを放り出した。

 

s-チャリ.jpg

 

曇ってる?

暑くなくて結構!

 

s-くるしま.jpg

 

伯方島で道を間違える。

ところが戻る道すがら・・・

 

s-伯方島のふね.jpg

 

家の周りの生垣が舟だ!

 

s-生名島から.jpg

 

どんどん行って生名島を快走。

東に見えるは弓削島までつながった2つの橋。

チャリは無料で渡れた。

 

s-弓削商船.jpg

 

野球部発見!

ここが弓削商船です。

秋の地区予選目の前です。

 

s-フェスパ.jpg

実は今回の目的地はここ。

弓削島の「フェスパ」。

お風呂が最高でした。

露天風呂からの壮大な眺望はぜひご自身の目でご覧あれ。

 

 

s-帰ります.jpg

 

帰りは弓削港からフェリーで今治へ。

チャリも一緒です。

ZZZZ・・・

 

走行距離:75キロ

 

 

 

 

 

 

 

 

2012年08月30日(木)

足りないもの

東京六大学野球で万年最下位といえば

天下の「東京大学」。

 

選手名簿を見れば出身校は、

灘、開成、筑駒、武蔵、日比谷・・・

ちなみにキャプテンは高知の土佐高出身。

 

甲子園を沸かせた選手が顔を揃える

他大学との実力差は歴然だ。

 

でもそこに悲壮感は全くない。

常にチャレンジャーの立場にいることを

誇りにさえ感じている(はず)。

 

それはなぜか―

 

「神宮球場の雰囲気が素晴らしいから」と選手達。

 

それはなぜか―

 

「応援」である。

 

応援するしかないほど「弱い」のである。

だから応援する人たちの必死度はものすごく高い。

 

球場でリードするのは「東京大学運動会応援部」。

 

かつてその団長がこのようなことを言っていた。

 

「チームが弱いからこそ、僕たちが必要なんです。

  

  しかも、もし勝ったりすれば、

    

     それは「応援の力」だと言えますから・・・」

 

 

 

s-ニンスタ秋の空.jpg

 

 

今、愛媛FCがとっても苦しんでいる。

 

 

10試合白星から遠ざかり、

J2、22チーム中18位に甘んじている。

 

気合が足りない、スタミナが足りない、精度が足りない・・・

もう「足りないもの」は出尽くした。

 

 

でも、本当に足りないのは「応援の力」だったりして・・・

 

s-ニンスタ 応援.jpg

 

2012年08月21日(火)

銀座沸騰は8年後への「表現」

松山市民全員集合!

 

などということはあり得ないが、

もしそんなことが起きると・・・

きのうのような光景になるのかも。

 

松山市の人口51万人。

それとほぼ同じ数、「50万」の人間がきのう銀座に押し寄せた。

 

それはまさに史上最多38個のメダルを獲得した

ロンドンオリンピックの盛り上がりを象徴する光景だった。

 

そしてオープンカーでメダリストたちを先導したのは

上島町出身の「村上幸史」選手。

メダルはないものの「人間らしい」がむしゃらな姿で

堂々と主将を務めた。

 

そしてバスの2号車右から3番目は

柔道男子73キロ級で銀メダルを獲得した

松山市出身、「中矢 力」選手。

全身で喜びを表現していた。

 

 

それにしてもオリンピックは体力勝負。

国民に等しくかけられた「時差」という負荷の中、

テレビ観戦してから寝るのか、寝てから録画で観戦するのか。

 

夏休みの子供たちも同様だ。

遊んでから宿題か、宿題してから勉強するのかは大きな悩み。

そこに五輪が加わったのだから大騒ぎだったろう。

 

それにしても50万人―

日本オリンピック委員会ではこの歴史的な光景を

2020年東京オリンピック誘致の切り札にしたい考えだ。

 

 

その「東京オリンピック」。

58年前、1964年開催時のポスターやパンフレット、

プログラムやバッジなども並ぶ展示会が

愛媛県生涯学習センターで開かれている。

 

 

 

s-五輪展示.jpg

(「愛媛とオリンピック」より)

 

実はそこで目を引いたパネルがこちら。

 

s-五輪芸術.jpg 

 

「美術部門」と「芸能部門」?

 

 

実はこれ、東京オリンピックの開催時、

同時期に行われていた「芸術展示」という公式プログラムの内容。

 

 

見れば、上野の東京国立博物館では「古美術」。

「近代美術」は京橋の国立近代美術館。

銀座の松屋では日本最高の作家58人よる「写真展」。

大手町の逓信総合博物館では「スポーツ郵便切手」の展示。

 

 

ほかにも歌舞伎座では「歌舞伎」を。

有楽町の芸術座では「人形浄瑠璃」。

また「雅楽講演」は宮内庁楽部舞台。

そのほか新橋演舞場では「古典舞踊」と盛りだくさんだ。

 

 

実は、1912年のストックホルム大会から

「建築」「彫刻」「絵画」「文学」「音楽」の5部門が

芸術競技となり実施されていて、

 

それは近代オリンピックの父、クーベルタンが

古代オリンピックにならい「スポーツ」と「芸術」の両方を

オリンピックに取り入れたいと考えていたからだという。

 

その点からみてもオリンピックは

人類の「表現の場」として、大きな役割を果たしてきた。

 

 

ただ・・・

 

サッカー銅メダル決定戦、日韓戦の試合後の「パク・ジョンウ」。

 

聖地であるピッチ上を

 

「領土問題パフォーマンス」の「表現の場」に選んだのは

 

サッカー選手としてあまりにも寂しくはなかったか。

 

 

s-五輪展示 東京.jpg 

 

 

2020年東京オリンピック―。

 

実現すれば、世界の「ビックリ人間たち」が繰り広げる

圧巻のパフォーマンスを目の当たりにできる。

 

その時、私たち日本人は

どんな「表現」を世界に発信するのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

2012年08月09日(木)

「世界の舞台」に挑む「野球」女子

サッカー男女の快進撃や女子の卓球団体、バレーボールなど

熱気と結果の一致具合は、ほう酸水の溶解度曲線のように

今、まさに上昇カーブを描いている。

 

その一方で実感する寂しさ。

それは、オリンピック競技から外れた「野球」。

 

スカパー放送を眺めれば、

NPB球団各地のスタジアムでは

確かに夏休みで賑わってはいる。

 

ただ、短期決戦で「金メダル」を争う一発勝負は

また違う意味で非常に魅力的だ。

今や「WBC」出場にも暗雲立ち込める日本球界では

「世界が舞台」という、

どの競技でも当たり前になりつつある夢さえも

抱きづらい状態だ。

 

 

それでも!

 

選手達はしっかりこの夏も白球を握りしめている。

 

「女子野球ワールドカップ」が

あすカナダ・エドモントンで開幕する。

 

この大会を前に女子の日本代表選手20人が、

先日、松山市のマドンナスタジアムで最終合宿を張った。

 

 

s-女子野球日本代表 その1.jpg 

 

 

2008年松山開催でのワールドカップ初優勝以来

3連覇のかかる日本は、

新谷 博監督のもと調整具合は万全のようで

「普通にやれば勝てる状態」だとも。

 

 

s-女子野球日本代表 その2.jpg 

(新谷監督の指導を受ける日本代表選手たち)

 

 

練習を見ていても、選手達の「たくましい」腕っ節には

プライドという筋肉が躍動し、まさに頼もしい限り。

 

そんな中、合宿最終日のこの日、

フリーバッティングのピッチャーを務めたのが

マドンナ松山の「坂本加奈」投手。

 

 

   

s-マドンナ坂本投手 その1.jpg

 

 

実は、ワールドカップ日本代表候補として

チームに帯同していたが、

最終20人枠の選考からは落選。

カナダ行きは叶わなかった。

 

「残念です」

 

「世界の舞台」に立てなかった悔しさ―

それでも炎天下の中、大粒の汗を飛び散らせ

元同僚に黙々と「打たれまくる」その姿は

日の丸をつける代表選手たちの心に火をつけたはず。

 

前代表監督で現在、日本女子野球協会理事長の大倉孝一理事長も

「必ずいい報告が出来るように頑張ってきます」と明言する。

 

 

s-マドンナ坂本投手 その2.jpg

 

しかしこの夏、坂本投手には続きがある。 

 

ワールドカップ3連覇を果たした後、

再び日本代表メンバーは松山に集結することに。

 

8月25日に開幕する「全日本女子野球選手権」。

 

坂本投手は「マドンナ松山」のエースとして

3連覇メンバーに真っ向勝負を挑む日を楽しみにしている。

 

 

 

 

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