高橋浩由の「スポーツ素敵に隠し味」

2011年7月14日(木)

音の反撃

それは「3塁側」のスタンドから突然鳴り響いた。

 

夏の高校野球愛媛大会の開会式直後の1回戦。

5回を終了して9対2。

リードしていたのは「1塁側」に陣取る「東温」。

リードを許していたのは「今治南」。

 

そしてグラウンド整備が始まったその時。

およそ20人、ビシッと列をなし、

両手にバチを握った制服姿の女子生徒たちが

「音」で反撃に出た。

 

ダダダ、ダダダ、ダダダ、ダン!

カッ、カッ、カッ!

 

その小気味よく刻まれるビートは

激しく、一体となり、

夏空に向かって次々に解き放たれていく。

 

そして3分後、

集めるだけ集めた視線の持ち主たちから浴びた喝采。

 

もし、あと3点多く取られていたら

5回コールドで終わっていたこの試合。

 

リードされながらも今治南ナインの踏ん張りが

スタンドの「ドラムライン」に

晴れの舞台をプレゼントした。

 

―テレビじゃ見られない熱球劇場―

 

そして試合が再開された。

 

s-今治南 ドラムライン.jpg

(画面中央 今治南の「ドラムライン♪」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2011年7月 6日(水)

不屈の男、再び

s-後期開幕戦.jpg

7月2日(土) 今治球場。後期開幕戦。

画面右、オレンジが愛媛マンダリンパイレーツ。

画面左、グリーンが三重スリーアローズ。

そのさらに左、画面から切れている所でビシビシミットを鳴らしていたのが

野口茂樹投手。

そう、あの野口投手です。

独立リーグでは初の愛媛での登板でした。

s-野口1.jpg

今治のマウンドに上がった野口投手。

この様子をほぼ正面の位置からご両親も応援。

「よくここまで投げられるようになったなと。

 2度の手術、リハビリを経て...」

野口投手の父・豊範さんはそう語り目を細める。

母・宮子さんも

「自分の納得のいくまで調整していってほしい」とエールを送る。

s-野口2.jpg

12年前の99年、19勝7敗でリーグMVPの野口投手。

エースとして中日の優勝に貢献した。

その決め球の名は、「真っフォ」。

真っ直ぐの軌道から少し落ちる・・・そんな球だったと記憶。

この日も何球かそんなボールを見たような・・・。

12年前、冬の松山市営球場で野口投手が50球。

取材とはいえ受けた左手の感触はまだここに。

背番号は中日時代の47。

ブルペンでも47球。

不屈の男、野口茂樹。

まだやれる。

 

2011年6月10日(金)

雨が降って、地は・・・

試合が中断した。

主審に促され、両軍の選手が

名残惜しそうにベンチに引き上げていった。

 

マウンドとホームプレートの上には

シートがかけられた。

 

s-雨の坊スタ.jpg

照明灯の明かりはシートの上で不規則に反射し、

スタンド上部のひさしの下に一時避難したファンから

少しずつ言葉を奪っていく。

 

6年前も雨だった―

 

***************************

 

 

わかりました、やります!

 では、今からグラウンドを整備しますので

  ちょっと待っててください。

 

マイクを握りスタンドに語りかけたのは

石毛宏典さんだった。そして、こう呼びかけた。

 

もしよろしかったら

  一緒にやりませんか!

 

s-雨の宇和島.jpg

 

リーグ創設1年目、天気は雨。

内野グラウンドにはすでに水溜りがあちこちに。

 

きょうは中止か・・・

 

ところが試合開始時刻の午後1時が近づく中、

リーグ創設者が発したのは・・・

 

こんな天気です。

雨の中、観戦していただくのも大変です。

中止するのも選択肢のひとつでしょう。

ただ時間はかかりますが整備すればやれなくもない。

どういたしましょうか。

 

こんな言葉だったように記憶している。

そして、冒頭の言葉が続いたのだった。

 

新鮮だった。

ファンとスタンドはネットをはさんで

別世界だと無意識に思い込んでいた。

 

ところが石毛さんは

たった一言でその垣根を取り去ってしまった。

 

そして両軍の控えの選手はもちろんスタメンも

監督コーチ、スタッフも

ウグイス嬢も、ボランティアスタッフも

そして飛び入り参加?のファンも...

 

靴を脱いで裸足になり、

裾をまくって土を踏みしめ、

スポンジ片手に水溜りと格闘し始めた。

 

s-雨の宇和島2.jpg

 

「高校以来だな、こんなの」

「1年の時やらされたな~」

 

「疲れてね~か?」

「移動が大変だけど、もう慣れたし」

 

「西さん、球はえーな。プロ行けるんじゃね?」

「練習見にスカウト来てたぞ」

 

「飯、どうしてる?」

「金ねーし、自炊に決まってんだろ」

 

「愛媛はファン多いな」

「お前の所はガラガラだな」

 

あちこちから聞こえてくる選手たちの肉声。

グラブとバットをスポンジに持ち替え

泥水を吸い取ってはバケツの中に絞り出す。

 

それはまるで

水溜りに映し出された自分の不安を

一心に吸い取っているかのようだった。

 

不安はエネルギー。

 

不安こそ原動力。

 

 

s-雨のスタジアム.jpg

 

ルールよりも、常識よりも、気持ち先行型の不器用な姿は

一気にファンの心を鷲づかみにしていった。

 

***************************

 

6年後、スタジアムに再び雨が降った。

 

ファンはスタンド上部のひさしの下に。

 

選手はベンチの奥へ。

 

照明灯に浮かび上がる無人のグラウンド。

 

じっと見つめながら過ぎ去った時間を噛み締める。

 

 

「ゲーム!」

 

30分後、突然主審が右手を上げて宣言し、5回コールド。

試合は成立した。

 

雨には勝てなかったが、

 

愛媛マンダリンパイレーツは勝ち、この夜2位に浮上した。

 

 

 

選手全員がベンチ前に出てきた。

 

一列に並び、スタンドに向けて一礼した。

 

 

30分間無人のグラウンドを見つめ続けたファンは

 

スタンド上部のひさしの下で

 

雨を避けながら拍手を送った。

 

s-雨の坊スタ2.jpg

 

 

 

 

2011年4月 6日(水)

自分の役目

愛媛FCには被災地と繋がりの深い選手が5人います。

 

その1人、福田健二選手は

父親が宮城県石巻市で仕事中に被災されました。

現在は仙台市内の自宅で頑張っていらっしゃいます。

 

福田選手に聞くと、父親は建築関係の仕事で、

あの日、福田選手の父親は担当していた物件が完成間近だったそうです。

しかし―

 

「建築は死闘、破壊は一瞬だ・・・」

 

福田選手は父親から電話口で当時の様子を聞かされたそうです。

 

長い時間をかけて、積み上げてきたもの―

目の前から消えてしまった現実。

 

福田選手は今月2日の

J2中四国4クラブ合同チャリティマッチを前に

練習後、今の思いを語ってくれました。

 

「避難所にいる方の中には、朝起きて来れない人がいるという。

 それはなぜかというと、『朝起きる意味が分からない』からだという。

 なんのために起きるのか・・・。』

 

福田選手は続けます。

 

「人には誰でも、役目がある。

  きょうはこれをやろう。あれをしてみよう。

   そこには希望があるんですよね」

 

 

福田選手は、先日の「日本代表vsJリーグ選抜」の試合を見て

カズさんのゴールに震えたと言う。

 

「それこそサッカーなんかやっていていいのか・・・

 これまで、自問自答してきました。

  でも、心は決まりました。

 

 自分はサッカーを通じてパワーを送るという「役目」を

 しっかり果たすべきだと。

 

 今、この瞬間にベストを尽くすこと。

 1日1日を大切に過ごすこと。

 

 そしてチームのみんなで、ひとりひとり思いを込めて

サッカーをやっていきたいです」

 

 

 今月2日。

 チャリティマッチ、vs岡山戦にFW福田選手はスタメンで出場。

 後半途中までピッチを駆け抜けました。

 

 「命がある以上、日々の自分との戦いです」

 

 

 下を向いてしまうこととの勝負に

 負けそうになる自分。

 でも大丈夫。

 

 

人は決してひとりじゃない・・・

 

 

 

2011年3月 9日(水)

尾藤監督

尾藤監督の告別式が

きょう和歌山県で営まれました。

 

高校野球一筋の人生。

甲子園に愛された人生。

本当に素晴らしい、男の生き様・・・

心からご冥福をお祈りします。

 

 

あの日―

晩御飯が並ぶ我が家の食卓で

家族で釘付けになった延長18回。

 

ブラウン管の中、

カクテル光線に浮かび上がった甲子園で

まさかのドラマを、死闘を演じ続けた

星稜」と「箕島」。

 

陣頭指揮を執った若き、尾藤監督の

前のめりになった姿、そして「スマイル」。

 

1979年8月16日。

小学6年生、「辰巳ドラゴンズ」キャプテンで

野球一色だった当時の私の心は

その壮絶なドラマの前に完全に心を奪われました。

 

 

17年後―。

 

1996年8月。

私が愛媛に来て11ヶ月目、

松山商業が全国制覇を果たしましたが、

その4ヶ月前―

1人の高校球児の人生を変える出来事が起きました。

 

鹿児島実業の優勝で幕を閉じた春のセンバツ。

その大会を沸かせた実力派選手が集められ

高校日本代表が編成されました。

「AAAアジア野球選手権大会」に出場するためです。

 

その選抜メンバーに、

甲子園の土を踏んでもいない無名の選手が

1人抜擢されました。

 

宇和島東高校3年 「岩村明憲選手」です。

 

そして、その代表監督が「尾藤さん」でした。

 

 

日の丸軍団の4番に抜擢された岩村選手は

フィリピンのリサール・メモリアル・スタジアムで

ホームランをかっ飛ばすなど大活躍。

 

あの「ベーブ・ルース」の横には

「AKINORI IWMURA」の名がペイントされるなど

尾藤さんの眼力に、周囲はあらためて驚くことになりました。

 

 

上甲監督には「スマイル」を。

 

岩村選手には「自信」を。

 

尾藤さんが高校球界に残した数多くのエピソード。

野球王国愛媛の歴史にも

その足跡はしっかりと刻まれています。

 

合掌

 

 

 

2011年3月 2日(水)

早春の陽光

日曜日の朝。携帯電話の着信音で目が覚めた。

 

高校、大学時代の友人からのメール。

 

「これから出走します」

 

東京マラソンだ。

 

リモコンを握る。

 

凄い絵だ。人が道を埋めている・・・

 

この中で彼も今、走っている現実。

 

彼は6時間かけてゴールした。

 

そして彼が、晴海から豊洲あたりを疾走している頃・・・

 

東京千駄ヶ谷の国立競技場。

「ラグビー日本選手権決勝」が始まった。

サントリー 対 三洋電機。

 

自陣から回すサントリー。

 

強烈なタックルの三洋電機。

 

そして後半34分、背番号16が登場。

 

「山本 貢」。

 

新田のキャプテンも今や28歳だ。

フロントローの中央で体を張っている。

メインスタンドの影から日なたに出ると

赤いジャージは燃えていた。

 

激闘の末、軍配はサントリー。

 

監督就任1年目でチームを頂点に導いたのは

 

「エディ・ジョーンズ」。

 

2003年ラグビーワールドカップで

オーストラリアを準優勝に導いた名将だ。

 

そしてその栄光を掴んだスタッフの中には

新田ラグビー部出身で元日本代表、

そして現在チームディレクターの

「坂田正彰」さんが。

 

また、元日本代表監督で、サントリーの監督、部長も務めた

松山大学ラグビー部監督の「山本 巌」さんの

祝福する姿も目に浮かんだ。

 

 

80分間のドラマ。

6時間の生き様。

 

 

早春の陽光はこの日、

どちらにも等しく降り注いだ。

 

 

 

2011年2月23日(水)

脳科学者と屏風

茂木健一郎さんにお会いした。

脳科学者が訪れたのは「白洲正子展」。

愛媛県美術館で開かれている。

 

http://www.ehime-art.jp/tenrankai/now/index.html

 

なぜ?

そう、茂木さんは白洲正子の孫、

白洲信哉さんの友人だった。

 

入場口で待つこと10分。

お付の人が来て一言。

「茂木さん、今、原稿書いてる」

 

本当だった。

脳を働かせるためにキーボードを叩き、

活性化した脳でまたキーボードを叩く。

 

そして挨拶。

普通に見えた・・・だけだった。

 

重要文化財「日月山水図屏風」の前にまっしぐら。

そして眺めること計1時間・・・。

動かない。

 

「いい絵は何時間見てもあきない。

 見た分だけ、色々なことが分かってくるから」

 

屏風とは5年ぶりの再会だという。

茂木さん続けて

 

「100円ショップでスケッチブック買って、

 自分で線を書いてみるんですよ、同じように。

 そうすると、その凄さが分かるんですよ」

 

納得。とても分かりやすい鑑賞方法。

でも今まで絵の前では気がつかなかった。

 

カメラを回してインタビュー。

「正子さんは、自分のことを信じていたと思う」

 

信じることは物を見る上でも大事なんですか

脳科学的にも・・・

 

茂木さんが笑顔になった。

2011年2月16日(水)

鹿児島キャンプ 明と暗

愛媛FCが鹿児島キャンプから帰ってきた。

 

さつま町のかぐや姫グラウンドで見た選手たちの表情は非常に良く、

バルバリッチサッカーへの信頼感を感じると同時に

ポジション獲得への熱い意欲が各選手から感じられた。

 

s-かぐや姫グラウンド.jpg

特にセンターバックの池田昇平、吉弘充志の新加入コンビは

昨シーズン鉄壁を誇ったアライール、小原コンビに比較されることに対し

相当の覚悟と闘争心をたぎらせている。

 

それだけにKKウイングのジェフ千葉戦での吉弘の負傷は残念だ。

1本目の終了間際、ハイボールに飛び込んで

相手選手と競った時に痛めたようで

ストレッチャーで運び出されてしまった。

 

 

s-KK.jpg

 

試合後は松葉杖姿でロッカーから出てきたが、

表情は明るくファンとの写真撮影にも応じるほどだった.

全治6週間は、バルバリッチ監督も頭が痛いはず。

 

しかし、愛媛には「金守」がいるではないか。

大いに期待しよう!(カードだけは気をつけて)

 

開幕まで1ヶ月を切ったJリーグ。

インテル長友の大活躍でオフシーズンの全くなかった愛媛だが、

前のめりのまま「おらが町」のオレンジ軍団にも声援を送りたいと思う。

 

 

 

 

2011年1月25日(火)

「いい顔」している長友

 

「外から見ているのはこんなにヒヤヒヤするんやな~」

 

きのうのラグビー日本選手権の予選、神戸製鋼vsNEC戦を

花園ラグビー場のスタンドから観戦した大畑大介選手。

日本ラグビー界きってのスター選手だ。

 

今月9日の試合中の大ケガで、豊田自動織機戦が

事実上の引退試合になってしまったが、

気持ちの整理をつけようと放ったであろうこの一言に

寂しさを感じてしまうファンは多いだろう。

 

それはそうと、大畑選手の言葉どおりこの試合に限らず

今年のラグビーはやはり面白いと思う。好ゲームが非常に多いのだ。

 

トップリーグも接戦が多く、実力拮抗の印象があるし、

花園の高校ラグビー決勝で東福岡と桐蔭学園が演じた

「両校優勝」というフィナーレも感動した。

 

そして大学選手権決勝では名将、岩出雅之監督率いる帝京大が、

あろうことか!我が早稲田を破り2連覇を果たした試合も

わずかに「1トライ差」。

 

ラグビーワールドカップイヤーということを差し引いても

魅力たっぷりのゲーム内容は2019年の日本開催に向け、

ファン拡大へいい流れを感じる。

 

その帝京大の岩出監督の著書

 

「信じて根を張れ!楕円のボールは信じるヤツの前に落ちてくる」

 

の中で印象深い文章に出会った。(「 」は引用文)

 

****************************** 

 

「サッカーW杯の日本代表でひとつ気づいたことがあります」

 

ラグビーの監督がサッカーを観戦する構図だけでも興味深い。

 

「日本の選手の中にひとり、非常にいい表情をしている選手がいました。

 『おっ、あの5番、いい顔しとるなあ』

 自宅のテレビで応援していて、思わず口にしたことを覚えています。

 背番号5。左サイドバックの長友佑都選手です。」

 

さらに続けて―

 

「自分を信じているいい顔をして、世界に挑んでいました。

 帝京大の選手も、長友選手のような顔で

         シーズンを戦ってほしいと思いました」

 

******************************

 

この著書が出版されたのは、去年の9月20日。

その後、岩出監督率いる帝京大は前述のとおり、

大学日本一に上り詰め2連覇を達成した。

 

 

きょうはサッカーアジアカップ準決勝「日韓戦」。

宿敵と相まみえる長友佑都の顔から

私たちも、今夜再び「自信」の二文字を読み取りたい。

2011年1月20日(木)

山が動いた・・・清宮氏ヤマハへ

早稲田ラグビー部の元監督清宮氏が

トップリーグヤマハの監督に就任するようだ。

 

今季ヤマハはリーグ14チーム中11位と低迷。

「ラグビー界のカリスマ」にチーム再建を託した形だ。

どんなステップでチーム再建を図るか。

とても楽しみだ。

 

清宮氏は母校早稲田を

01年から5年間で3度の大学日本一に導いた。

その後、サントリーに監督として戻り

就任2年目にはトップリーグ日本一を果たした。

 

プロジェクトとも言える周到に練られた組織作りと

選手の心に響く言葉が印象的なトップだ。

 

現在のヤマハ堀川隆延監督も早稲田ラグビー部のOB。

その後任として監督に就任する清宮氏。

チームには、大多尾、五郎丸ら早稲田時代の教え子も

手ぐすねを引いて待っているはずだ。

 

おととし経営不振からプロ契約を廃止した企業チームで、

社員として働きながらラグビーを続けてきた選手たち。

そんな経験を胸に秘める選手たちを

清宮氏がどんな言葉で戦う集団として火をつけるのか。

注目だ。

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