高橋浩由の「スポーツ素敵に隠し味」

2012年05月02日(水)

武田大作選手 3つの山を乗り越えて・・・

『もう漕がない』と浦は言いました。

  『武田さんはオリンピック行ってください。

    僕はもういいですから』って。

 

目の前に「3つ目」の壁が現れた瞬間だった。

 

ボートの第一人者、愛媛のダイキ所属の「武田大作」38歳。

去年11月のアジア予選国内代表選考会では

日本協会の不可解な選考で「補欠」に回された武田。

 

「一番苦しかったのは年末頃でしたね」

絶対におかしいと思いつつも、レースは終わっている。

結果も出ている。

そして何よりも、内定をもらった別の2選手はさらに練習を積み、

相棒となるであろう「浦選手」の気持ちは完全に切れかかっている。

自分も練習は続けていても気持ちはもうギリギリの状態だった。

 

それでも武田は、家族や会社関係者をはじめ、知人友人、さらには

長年練習してきた梅津寺海岸での馴染みのおじいちゃん、おばあちゃんまでもが

「支えてくれた」ことで、スポーツ仲裁機構に申し立てを決行する。

 

「強い者がオリンピックに行くべきだ」

 

その強い信念は実を結び、

その後別の2選手の「内定」は撤回された。

 

そして迎えた4月6日。

埼玉県戸田市の漕艇場で行われた

アジア予選日本代表選考会の「再レース」。

 

s-戸田漕艇場.jpg 

 

 

コースはいつもと同じ、2000メートル。

しかし、競い合っているのは2艇の4人だけ。

大会の時のような横断幕や旗もなければ派手な装飾もない。

 

ところが、コース両岸からは

悲鳴のような声援が4人に注がれていた―

 

「行け~ タケダせんぱ~い」

「ガンバレ浦さ~ん」

 

その声は2000メートルに渡って途切れない。

先輩も後輩もいただろう。

ボート関係者のOBもいたのかもしれない。

目の前を通過する2艇のクルーに思いの丈をぶつけ続ける。

 

それは、「スポーツの健全性」を守るために立ち上がった

一人の男に対する称賛の念と、

その思いに異議を唱えることも無く「再レース」を飲んだ

「内定を取り消された」2人の清々しさに救われた

感謝の念だったかもしれない。

 

再レースは終わり、武田・浦ペアは勝った。

 

1レース目 武田・浦組  6分38秒04

      須田・西村組 6分38秒53

 

2レース目 武田・浦組  6分29秒29

      須田・西村組 6分30秒19

 

いずれもタイム差は1秒以下。

接戦だった。

これが武田にとって「2つ目」の山・・・

 

 

そして「3つ目」の山。

それは、キレかけている「浦選手」の

「オリンピックへの情熱」を思い出させることだった。

 

「4月6日のレースはやりますが、それ以降はいいです。

 武田さんはオリンピックに行ってください」

 

 

しかし武田は「4年前」の記憶を1つづつ手繰り寄せ、

「あの日の北京」の悔しさを、浦の心にもう一度思い出させていった。

 

「北京の惨敗をお前は納得しているのか」

 

あの日、浦は原因不明の喘息に見舞われ、

コンディション作りに失敗していた。

 

「お前しかいないんだ。まだレースがあるぞ。

  我々が速かったということを証明しよう。

   競技選手としてもう一度、勝負をしようじゃないか」

 

そして武田は言った。

「俺はお前を信頼している」

 

 

s-戸田漕艇場2.jpg

 

4月26日、韓国で開幕した

ロンドンオリンピックアジア予選。

 

武田・浦組は

1回戦、準決勝をトップタイムで通過すると、

29日の決勝戦では2位艇に6秒差をつけての圧勝。

見事、ロンドンオリンピックの日本代表の座を掴み取った。

 

帰国後、松山空港での会見で

武田はこう締めくくった。

 

「2度とこういうことが日本のスポーツ界でおきて欲しくない。

  なぜなら、スポーツは素晴らしいものですから」

2012年04月17日(火)

「打たれ強い」仕事 

日差しは春本番だった。

 

午後3時半をまわっても気温は高く

じっとしていても汗ばむような陽気。

もちろん練習している選手達は

心地よい汗を流している。

 

試合開始2時間半前。

 

坊っちゃんスタジアムのグラウンドは

ヤクルトスワローズの練習時間から

広島カープの練習時間に移り変わろうとしていた。

 

内外野に散っていたヤクルトの選手達が

徐々にダッグアウト方向に歩を進める。

 

時折り、対戦相手の広島の選手とすれ違いざまに談笑。

そんな姿を目にするのは、

開場前のスタジアムの醍醐味だ。

 

そんなリラックスムード漂うスタジアムの中、

ファウルグラウンドで、ゆったりとキャッチボールを繰り返す

1人のサウスポーに目が留まる。

 

s-●豊田⑤.jpg

広島カープのユニフォーム。

しかし、背番号は3桁の「102」

 

その人の名前を私は知っていた。

 

「豊田 光」さん。30歳。

 

 

愛媛マンダリンパイレーツの元投手。

しかも1期生だ。

 

和歌山県出身で、日高高校から竜谷大学、

そして和歌山箕島球友会。

 

そして、コントロールのいいピッチャーとして入団したが、

ほとんど登板は無かった。

 

故障と戦っていた。

 

1年後、パイレーツを退団。

 

豊田さんはここで現役を引退した。

 

しかし当時、パイレーツの初代監督は

広島カープ出身の西田真二さん。

 

豊田の就職先として、

カープの打撃投手が用意されていた。

 

s-●豊田①.jpg

 

あれから7年。

豊田さんは、また坊っちゃんスタジアムに立っていた。

 

午後3時45分、入念なキャッチボールが続く。

 

そして、落ちているボールをグラブいっぱいに拾いながら

豊田さんは所定の位置に付いた。

 

今夜の試合、ヤクルトは左の村中。

豊田さんの投げるボールの意味が一段と重みを増していく。

 

s-●豊田②.jpg

 

広めのスタンスでセットポジションに入り、

上げた右足の膝をくの字に曲げ、

しなやかなフォームでボールを投げる。

 

かごから次ぎのボールを拾い、また投げる。

同じリズムでまた投げる。

 

打たれるために投げる。

気持ちよく打ってもらうために投げる。

誰よりも打たれることが、自らの存在意義。

それこそが仕事であり、そここそが職場である。

 

乾いた快音が糸を引く。

 

変化球も投げる。

「村中」にはなれないが、ボールの回転が

少しでも「村中」に似ていることを祈りながら。

 

午後4時。開場。

内野、外野のスタンドに、ファンがどっと飛び出してきた。

にわかにスタジアムの体温が上昇する。

 

s-●豊田④.jpg

そして、ファンの熱い視線を浴びるバッターを

少しでも引き立てようと、投げる。

自分が視線を浴びることはない。

 

ただ確かに、豊田さんは、

ファンに夢を与える仕事を支えていた。

 

s-●豊田③.jpg

 

 

「ありがとう」

 

バッチィングケージから出る選手から一言受けると、

豊田さんは帽子のツバをつまみ、

軽く笑みを浮かべながら、

腕で額の汗をぬぐい、

静かにダイヤモンドを後にした。

 

 

試合開始1時間前、

 

豊田さんの「仕事」が終わった。

 

 

 

 

2012年04月04日(水)

春の夢と夢舞台

 

 

いや~あぶない、あぶない。

寝過ごすところだった~

 

 

気がついたらもう、春でした!

 

 

 

 

s-桜.jpg

(松山市内の桜も見頃)

 

新年度もスタートし、スポーツ界では

「愛媛FC」はもちろん、「愛媛MP」も開幕戦で白星発進すれば、

「NPB」も「メジャー」も開幕し、「センバツ」は早くも決勝戦。

愛媛でも宇和島東と松山商が大熱戦を展開しました。

 

そして―

 

「マスターズ」。

 

アメリカ南部ジョージア州オーガスタ。

選ばれし者たちの卓越したプレーに

パトロンたちの熱狂的な歓声が

今年もジョージア杉の間にこだまする―

(マスターズトーナメント ウイリアムチェアマン)

 

もちろん注目は「20歳の対決」。

「石川遼」に対するは、

最強アマチュア「松山英樹」。

 

被災地日本から来た一人のアマチュア選手が

ローアマで世界を驚かせてから早1年、

真価が問われる2度目のマスターズで

松山の成長ぶりに世界が注目しています。

 

 

そこで、あすの「キャッチあい」では

 

2度目のマスターズに挑む松山選手の思いを

特集で放送します。

オーストラリア合宿秘蔵映像も初公開!

 

 

 そして大会の模様は、TBS独占放送。

4月6日(金)午前4時~

 

 

2012年02月14日(火)

球春近し ~MP今治キャンプ~

8年目を迎える愛媛マンダリンパイレーツが

今治でキャンプ中です。

 

春まだ遠いグラウンドで新旧の選手が夢に向かって

白球を追いかける姿は

何年たっても希望に満ちていていいものですね。

 

s-選手たち1.jpg 

(愛媛MP今治キャンプ)

 

 

NPBを知る者と知らない者が

今、同じグラウンドで合いまみえ、

同じ夢をどこまで共有できるか―。

 

シーズンは、長いようであっという間。

その試行錯誤の経験が、できるならばどの選手にも

「次ぎのステージ」を支える力になればと祈ります。

 

s-今治球場1.jpg

 

(雲間から差し込む希望の光...)

 

 

シーズン開幕が待ち遠しいですね。

 

いいピッチャー!いいバッター!

いましたよ~

 

 

2012年02月07日(火)

今年は三島が先手!

高校ラグビー新人大会決勝戦 北条 対 三島

 

今月5日、観戦しました。

 

 

  ◎決勝.JPG 

      

この所、2強対決が続いていますが

それはもちろん「地域力」あってこそ。

 

特に三島は花園予選、もう7年連続決勝進出ですから

地元の一貫指導体制・・・平たく言えば

「ラグビーおじさん」たちの頑張りは特筆ものです。

 

もちろん北条も「ラグビーの町」です。

トップリーグの選手から、タグラグビーの子供たちまで

楕円のボールの楽しみ方をたくさん知ってらっしゃいます。

しかも北条高校は2年連続で花園出場とチーム力は代々右肩上がり。

公式戦ではおととし以降、ライバル三島に5連勝中と勢いありますね。

 

そんな「地域対抗戦」ですから、

この日の「球技場」、そう県総合運動公園球技場のスタンドは

とても賑やかで、楽しそうで、厳しいのです。

 

***********

お父さんも

「なにしよんぞ~」

 

お母さんも

「なにしよ~ん」

※(Repeat

************

 

向こうサイドのタッチライン際の密集でのボール争奪戦でも

山下レフリーの笛より早く、

「とた!」

(「っ」など入らないほど反応が早いのです)

 

s-試合前の三島.jpg

(試合前...これはなんだろう?)

 

そんな鋭い視線の中で選手たちは熱戦を展開。

前半13分、三島のキックの名手、キャプテンスタンドオフ渡邊純也が

PGを決めて刻んでくれば、

 

2分後には北条が、スクラムからのサインプレー一発で

フルバック渡部が逆転のトライ。

ゴールも決めて7対3と主導権を握ります。

 

しかし前半21分、

ゴール前でペナルティをもらうやいなや

3番プロップ西岡が再逆転のトライ。

渡邊がゴールもきっちり決めて10対7とします。

 

s-試合前の三島2.jpg 

(答えは、ジャージとゼリーとバナナ...

  マネージャーさんも一緒に戦ってます)

 

 

後半は攻める北条、守る三島の構図で

あっという間の25分。

 

スタンドも・・・

※を参照

 

 

結局、三島が守り勝って

この大会、3年ぶり3度目の優勝に輝き、

対北条戦の連敗を5でストップさせました。

 

決勝戦 三島10-7北条

 

s-三島 優勝.jpg

 

今年も愛媛高校ラグビー界は混戦模様。

秋の花園予選決勝の舞台に立つのは

 

いったいどこか―。

 

 

でも、たぶん あそことあそこかな・・・

 

 

2012年02月01日(水)

「無」

「無」

 

この文字の意味は何か。

「何も無い」、「空っぽ」といった否定的要素を多く含むもの。

または、「無心」、「無我」といったある種、人間の理想の境地を表すもの。

文字だけでは読みきれない深さがありますね。

 

では、「0-0」。

0から0を引いても・・・ではありません。

0対0... 試合の結果です。

つまりドロー、引き分けです。

 

この0対0という結果。どんな競技で見たことがありますか?

野球でしょうか。サッカーでしょうか。

競技によって見え方が違ってきますね。

 

先日、このスコアに出会いました。

 

「北条 対 松山工業」・・・そう、ラグビーでした。

 

s-新人戦準決勝1.jpg

 

ラグビーのスコアレスドローとは一体・・・

 

高校ラグビー新人大会「準決勝」。

去年、花園に出場し、今大会も第1シードの「北条」と

旧チームはベスト4ながら急激に力をつけてきた「松山工業」の対戦。

スタンドには早くも秋の花園予選を見据えたOBや関係者らが

鼻息荒く声援を送りました。

 

s-新人戦準決勝2.jpg 

 

そしてキックオフ。

 

すると、25分ハーフの50分間はあっという間でした。

 

スキルの高い「北条」は素早いパス回しでボールを支配。

FW、BK一体となった連続攻撃を見せます。

 

しかし「松山工業」の出足鋭く「痛い」タックルが炸裂。

オフサイドギリギリのロケットスタートタックルで

北条の多彩なアタックに耐えます。

 

おそらく新チームになって最初の大一番。

想像以上の「圧」を感じながらも

両チームの選手たちの意地とプライドは最後まで火花を散らし続け、

つんのめるようにノーサイドの時を迎えました。

 

結果は、前後半通じてノートライ、ノーゴールの

 

北条0―0松山工

 

その後の抽選の結果、軍配は北条に上がりましたが

その濃密なファイトには、

「スコアを越えた意味」が十分に織り込まれていました。

 

 

決勝は2月5日() 北条vs三島

 

去年の花園予選決勝と同じカードです。

 

 

2012年01月15日(日)

しまなみ海道

遅ればせながら先日、今治から尾道まで

自転車で渡ってきました。

クロスバイク初心者の私にとっては結構ハードでした!

でも、天気にも恵まれ、ダイナミックな景色に

なんとか最後までこぎ切ることができました。

 

 s-サンライズ糸山.jpg

午前9時、今治の自転車ターミナル

「サンライズ糸山」をスタート。

 

s-しまなみ出発前.jpg

 

こちらは「来島第三大橋」を下から。

来島第3大橋下.png

 

なぜか写真の大きさが変わりましたが

お気になさらず。

大島をこぎきると次ぎの橋が。

こちらは「伯方・大島大橋」

伯方・大島大橋.png

 

さらに伯方島を抜けると

次ぎは美しい「大三島橋」

大三島橋.png

 

そして「多々羅大橋」。

道の駅に着くと、11時半。

ランチタイムにしました。

s-多々羅 携帯.jpg   

 

そして「多々羅大橋」を渡ると

広島県~。

多々羅大橋の上.png

 

広島に入ると車道脇には

しまなみ海道を示す

スカイブルーの線が登場。

これで道を迷うことなく進めます。

 

生口島内道路.png

 

生口島にある「耕三寺」の門。

ここは別名「西の日光」。

でも東南アジアの空気が 漂っています。

生口島 耕三寺1.png

 

そして「生口橋」を渡って・・・

生口橋.png

 

次ぎの「因島大橋」には驚きました。

なぜなら・・・

因島大橋.png

 

橋の下に歩道と自転車道が

ありました。

しかも長い・・・

因島大橋の下.png

 

そして向島を抜けて

最後は船で尾道へ渡ります。

渡船場から小さな渡し船で5分程度でした。

尾道への渡船場.png

 

そして、午後3時、「尾道」に到着しました。

s-尾道 到着.jpg

ニュースでも雑誌でも

 本当に見慣れた橋の風景に海道の様子・・・

 

でも、潮の香り、島の香り、風の音、

 そして冬の日差しの暖かさ・・・

  初めて感じたものばかりの80キロでした。

 

 尾道到着.png

 「急ぐことなんてないさ~

  ゆっくり、ゆっくり行けばいいんだよ」

     (「道の旅人になる」から抜粋)

 

 

 

 

 

 

 

2012年01月07日(土)

道の旅人になる

「旅」がしたいあなたへ

 

  「旅」の途中のあなたへ

 

    「旅」を終えたあなたへ

 

 

見れば、また一歩前に踏み出したくなる

 人と道と絆の物語―

 

 

2012年初春、

 スペインから四国愛媛に届いた

  巡礼ロードストーリー。

 

人はなぜ「旅」をするのか。

 どう歩き、どこへ向かうべきなのか。

  そして「旅」の終わりに待っているのは、何か―

 

その答えが、今ここにある。

 

************************

「道の旅人になる」 ~聖地巡礼200キロの旅~

 

1月9日(月・祝)午後1時55~放送。

************************

 

 

新年のひととき、

 

  大切なあの人と一緒に

  

     どうぞごゆっくりご鑑賞ください。

 

s-道.jpg

 

 

 

 

 

2011年12月27日(火)

「1トライ差」

全国高校ラグビー大会1回戦。

 

1トライを奪えなかった北条。

1トライを奪った関商工。

 

60分間戦ってその差はわずかに5点。

実に惜しいが北条は初戦敗退に終わった。

 

後半にはトライまで1メートルに迫った時間もあり

あの時、あの瞬間・・・と

いくらでも勝敗の分かれ目と思える場面が

選手たちの脳裏にはよぎっていることだろう。

 

ただ終盤、感情のままにプレーしたくなるのを抑えこみ、

冷静さを保ちながら、徹底して味方を生かすための捨石になろうと

体を張り続けたプレーは

臙脂色に染まったスタンドを揺さぶり続けた。

 

 

そして試合後、肩を落としながら、

応援団を最後まで見送り続けた北条フィフティーン。

その姿に、「後輩たち」の心が動かないはずはない。

 

 

 

全国高校ラグビー大会1回戦

 

北条0-5関商工(岐阜)

 

 

2011年12月21日(水)

「もっている人」

後半ロスタイム。

やや滞空時間の長い右回転のボールが

ゆるやかな放物線を描いた。

 

「現役最後のプレー」

 

それが、ファンの記憶に残る選手はそう多くはいない。

しかしこの日、「愛媛の背番号14」は

「赤」と「オレンジ」に染まった冬の夕刻の熊谷スタジアムで

両チームのサポーターの記憶にしっかりと刻みこまれた。

 

「泣くとか...そういうことは思わなかったが、

あらためてみなさんの温かい気持ちを感じることができて

感動しました」

 

それは試合後のこと。

スタジアムが一体となって1つの名前を連呼した。

 

「三上!」「三上!」「三上!」・・・

 

スタジアムを包み込む大コールの中、

背番号14は、チームメイトの手で何度も宙に舞った。

 

「三上卓哉」。

今季限りで現役を引退する。

 

 

  

 

Jリーガーとしてのキャリアをスタートさせたのは2002年。

地元の「浦和レッズ」だった。

3シーズンでわずか5試合。

その後、京都で才能が開花し

2008年、「愛媛FC」にやってきた。

 

そして「正確な左足のクロス」を武器に

不動の左サイドバックとして信頼を勝ち得ると

翌年には無口なキャプテンとして

背中でチームを引っ張った。

 

悔やまれるはおととしからの「腰痛」。

 

しかしピッチの外で黙々と

来るべき日を信じてトレーニングに励む姿は

サポーターならずとも多くの人の心を動かした。

 

 

 

 

そして今年の天皇杯。

全国に星の数ほどあるサッカーチームの中・・・

本大会4回戦で顔を合わせた「愛媛」と「浦和」。

 

その後半ロスタイム、

バルバリッチ監督はピッチに「三上」を送った。

 

ボールはいきなり足元にやってくる。

ゴール前を一瞥する三上。

最後は「左足」でボールを高く、高く蹴り上げた―

 

 

やや滞空時間の長い右回転のボールが描くゆるやかな放物線。

すっかり日が落ち、冷気を含んだ冬の夜の入り口から

再びまぶしいほどの芝の上に目をやれば

1人の男が確実に呼吸を合わせまっすぐこちらを見ている。

ボールはその瞬間、行き先を「福田健二」に託すことに決めた。

 

 

ゴールを決めた福田は、三上の肩を抱き、

そしてスタンドに向かって

指先でアシストを決めた背番号14を何度も指した。

 

 

「何か持っている人」

 

サッカーと出会った故郷埼玉のピッチで

愛された愛媛のユニフォームを着て

最後に最も得意な「左足」でアシストを決め

我が成長ぶりを全身で示し、三上はユニフォームを脱いだ。

 

 

 

それにしても・・・

このラスト5分の一連の出来事。

脳裏をよぎるのは「奇跡のバックホーム」。

 

延長に入って監督に突然指名され

ライトの守備位置につくやいなや、

その次ぎの打球が自らの頭上に飛んでくる―。

 

「もっている人」。

 

そう多くはないが、やはりたまに現れる。

 

そして彼らに共通していること、それはいつも

 

「一発で決める」

 

 

 

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