高橋浩由の「スポーツ素敵に隠し味」

2013年9月24日(火)

安楽投手 伝説の末に訪れた痛み...  

安楽が肘を痛めた。

 

2013年9月22日(日)

四国高校野球県大会1回戦。

坊っちゃんスタジアムの第2試合。

 

「異変」はすでに1回表から明らかだった。

 

「投球練習の7球目」

この時点で肘に違和感を感じたという安楽は

先頭打者をレフトフライに打ち取ったが

2番打者の途中から投球間に肘をブルッブルッと振り始める。

 

その後、ランナー2塁3塁から

続く左打者に球威のないインハイをライト線へ運ばれ

2点を先制された。

 

そして迎えた「3回」。

実は安楽の降板を加速させた出来事があった。

 

ノーアウト1塁3塁で、西条は2盗を仕掛ける。

キャッチャーはすかさず送球・・・

 

しかしこれを長身安楽は

グラブを差出しカットするや否やバックホーム...

3塁ランナーの本盗を見事に阻止した。

 

しかし、「不意の送球」に

意識的にかばっていたはずの肘周りの筋肉は

体に染みついている「本能的な」動きに支配され

無防備のまま「1球」を投じてしまった。

 

そして次のバッターへの初球、

ボールは想定した軌道を大きく外れ、

右打者の胸元をかすめた。

 

安楽はここで自ら降板を訴え、

ついにマウンドを明け渡した。

 

しかし・・・この直後さらに安楽を不運が襲った。

 

ランナーは満塁。

2番手投手はサウスポー。

続く西条は左バッター。

 

外のボールで勝負に行くと

ひっかけた打球は1、2塁間を破った・・・

 

ライトは「安楽」。

 

前進してきた安楽はぎこちなくグラブにあててボールを掴むと

すかさず、素早いモーションでホームを狙い

右腕を振り切った・・・

 

ホームは間に合わなかった。

しかしそれ以上のことがすでに外野の芝の上では起きていた。

 

 

この回2度目の「不意の送球」に

安楽は体を折り曲げ、

右ひじの内側を左の親指で圧迫させながら

激痛に顔を歪めた。

 

 

 

 

s-IMAG2200.jpg

 

 

**************************

 

 

春のセンバツ準優勝、

夏の愛媛大会157キロ、

甲子園最速155キロ、

台湾での18U野球ワールドカップ準優勝とベストナイン。

 

有り余る才能と規格外の球威、

そして躍動感あふれるピッチングフォーム...

「一高校生の部活動」と理解しながらも

多くの高校野球ファンがその限界値を知りたがり

彼の一挙手一投足に注目した。

 

しかしその一方で「投球過多」による不安は常につきまとい

その表裏一体のギリギリの攻防が

またさらに「16歳」の少年を輝かせたのも事実で、

無限の可能性という幻想に酔ってしまったファンも

少なくないだろう。

 

しかし、安楽は肘を痛めた。

 

 

*******************

 

春のセンバツ以降、私は2人の投手を取材し、

その肉声を放送した。

 

1人は、元北海道日本ハムで

愛媛マンダリンパイレーツの投手「金森敬之」。

 

「あれだけ投げられて、正直羨ましいなと思いますよ」

安楽のピッチングへの感想だ。

 

金森は東海大菅生高校から2004年、日本ハムに入団すると

07年に4勝、その後も先発、中継ぎと毎年10試合以上

1軍のマウンドで活躍してきた。

 

ところがおととし春、右ひじの靭帯を損傷。

去年3月には右ひじ側副靭帯の再建手術を受けたが、

オフには「戦力外通告」を受けていた。

 

 

「僕はどちらかというと、投げて投げて、打たれてまた投げて

みたいな感じでやってましたが、その反動が来たと思うんです。

でも投げないとつかない体力もあるし

投げないとつかない筋力もあるので、

そこは難しいところなんですよね。

でも、ケガをしたら負けですよ」

 

 

華やかなNPBの世界を後にした金森は

今シーズン、独立リーグから復活を期し、

慎重にリハビリとトレーニングを重ね、

後期リーグには中継ぎ投手の切り札として

活躍するまでになった。

 

「シーズン初めが、今の状態だったらね」

言葉に悔しさはにじむも、その表情は晴れやかだった。

 

「投げられる」ということが

 野球人にとって、投手にとってどれだけ意味深いことか。

 

***************************

 

そして、夏の甲子園後に取材したのが

ジャイアンツや近鉄で活躍した「打者」吉岡雄二。

 

しかしかつては、

東京の帝京高校を夏の甲子園初優勝に導いた

「背番号1」だ。

 

1989年夏の甲子園で

吉岡は全5試合に登板し、3試合を完封、わずか1失点。

圧巻の内容で全国制覇を達成した。ところが・・・

 

大会終了後に行われた国際試合、「日韓米高校親善野球」。

ここで吉岡の肩は悲鳴を上げたのだった。

 

「振り返れば、やっぱりすごく疲労がたまっていて、

 甲子園で緊張している中で何試合も投げて、

 その後に1回気持ちが楽になった状態でまた投げた時に、

 気持ち的には大丈夫だったが、

 やはり...  そこで肩を痛めたんです」

 

結局、吉岡は

この年のドラフトでジャイアンツに入団するが、

すぐに右肩を手術。「打者転向」を余儀なくされた。

 

ただ、この時吉岡はこうも付け加えている。

 

「僕も高校の時、本当に3連投、4連投を経験しているんですが

 (プロ入り後は)高校生の時の、精神的な強さだったり、

 その時に培ったものもすごく大きかったので」

 

そして最後にこう語った。

 

「高校生は投げませんとは言いませんからね。

 高校生を止めるのは大変なことです。

 だからこそ指導者には

 冷静な判断をしてもらいたいなと思いますね」

 

**************************

 

実は高校時代、キャッチャーだった私も

肘を故障した経験がある。

 

最もひどい時にはピッチャーまでボールが届かなかった。

鍼を打ち、灸を据え、テーピングをし、握力を鍛え、

そして軟膏のモビラートを擦り込み、

夏でも冷やすまいとサポーターを巻きつづけた。

学校、グラウンド、治療院、学校、グラウンド、治療院・・・

 

朝起きて、ボールを握って

もしかしたら、きょうは痛くないんじゃないか・・・

 

希望と落胆の繰り返し。

 

最後の夏が近づく中、まともに練習できず、

試合でも本来の力を出し切れない。

 

それでも本番になったら「腕が折れても...」

という覚悟は出来上がっていたように記憶している。

 

 

将来?何を言ってるんですか。

何のためにここまでやってきたんですか―

 

 

**************************

 

日々、前のめりになって野球をしている球児たちに

冷静な判断を求めるのは難しい。

 

でも、最後は本人が決める。

 

それもそうだ。

 

 

ただ、あんなに面白い「野球」という競技を

将来に渡って「見るだけ」にしてしまうのは、

あまりにももったいないと思う。

 

 

 

 

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