「もっている人」
後半ロスタイム。
やや滞空時間の長い右回転のボールが
ゆるやかな放物線を描いた。
「現役最後のプレー」
それが、ファンの記憶に残る選手はそう多くはいない。
しかしこの日、「愛媛の背番号14」は
「赤」と「オレンジ」に染まった冬の夕刻の熊谷スタジアムで
両チームのサポーターの記憶にしっかりと刻みこまれた。
「泣くとか...そういうことは思わなかったが、
あらためてみなさんの温かい気持ちを感じることができて
感動しました」
それは試合後のこと。
スタジアムが一体となって1つの名前を連呼した。
「三上!」「三上!」「三上!」・・・
スタジアムを包み込む大コールの中、
背番号14は、チームメイトの手で何度も宙に舞った。
「三上卓哉」。
今季限りで現役を引退する。
Jリーガーとしてのキャリアをスタートさせたのは2002年。
地元の「浦和レッズ」だった。
3シーズンでわずか5試合。
その後、京都で才能が開花し
2008年、「愛媛FC」にやってきた。
そして「正確な左足のクロス」を武器に
不動の左サイドバックとして信頼を勝ち得ると
翌年には無口なキャプテンとして
背中でチームを引っ張った。
悔やまれるはおととしからの「腰痛」。
しかしピッチの外で黙々と
来るべき日を信じてトレーニングに励む姿は
サポーターならずとも多くの人の心を動かした。
そして今年の天皇杯。
全国に星の数ほどあるサッカーチームの中・・・
本大会4回戦で顔を合わせた「愛媛」と「浦和」。
その後半ロスタイム、
バルバリッチ監督はピッチに「三上」を送った。
ボールはいきなり足元にやってくる。
ゴール前を一瞥する三上。
最後は「左足」でボールを高く、高く蹴り上げた―
やや滞空時間の長い右回転のボールが描くゆるやかな放物線。
すっかり日が落ち、冷気を含んだ冬の夜の入り口から
再びまぶしいほどの芝の上に目をやれば
1人の男が確実に呼吸を合わせまっすぐこちらを見ている。
ボールはその瞬間、行き先を「福田健二」に託すことに決めた。
ゴールを決めた福田は、三上の肩を抱き、
そしてスタンドに向かって
指先でアシストを決めた背番号14を何度も指した。
「何か持っている人」
サッカーと出会った故郷埼玉のピッチで
愛された愛媛のユニフォームを着て
最後に最も得意な「左足」でアシストを決め
我が成長ぶりを全身で示し、三上はユニフォームを脱いだ。
それにしても・・・
このラスト5分の一連の出来事。
脳裏をよぎるのは「奇跡のバックホーム」。
延長に入って監督に突然指名され
ライトの守備位置につくやいなや、
その次ぎの打球が自らの頭上に飛んでくる―。
「もっている人」。
そう多くはないが、やはりたまに現れる。
そして彼らに共通していること、それはいつも
「一発で決める」
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