高橋浩由の「スポーツ素敵に隠し味」

2008年6月 9日(月)

「ゴジラ高田」の逆転タイムリー



「ナイスバッティング!」

「ありがとうございます!」

2塁ベースから1塁ベースに向かって5、6歩戻ったあたり。
2人の笑顔が、カクテル光線に一瞬浮かび上がった。

********************************
2008年6月6日(金) 坊っちゃんスタジアム。
0対1。
福岡レッドワーブラーズが1点リードで迎えた4回ウラ、
愛媛マンダリンパイレーツの攻撃。
この回先頭の3番檜垣がセンター前ヒットで出塁。
4番嶋田、5番梶原が倒れた後、
6番比嘉のセンター前ヒットで2死1塁2塁。
ここで7番の大島。
調子は落としていても、元4番として期待は高まる。
スタンドの声援もピークに達した。
ところが、カウント2-2からの5球目は死球・・・
これで2アウト満塁。

ここで打席に向かったのは、「背番号55」。
8番、指名打者、「高田泰輔」。
そう、新田高校時代は「四国一のスラッガー」とも呼ばれた
あの高田だった。

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去年11月。新居浜球場で行われた
四国アイランドリーグの高校生トライアウト。

受験者名簿の中に「新田」、「済美」の学校名を見つけた時の
気持ちの昂ぶりは今も忘れない。
なにしろ愛媛県内の、いわゆる「強豪校」から
直接アイランドリーグに勝負を挑んできたのだから・・・。
その1人が、「新田の高田泰輔」だった。

ところがグラウンドでアップ中の受験者の中に高田が「いない」。
この4ヶ月前、「夏の高校野球愛媛大会」の直前の
「シード校紹介」で取材をしたばかり。
忘れようがない・・・

と、その時、
グラブを持って小走りで目の前を通り過ぎた若者が目に留まる。
「いた!」高田がいた。
しかし・・・「痩せたな~!」

「夏の大会で負けてから、
動きのスピードを上げるトレーニングをしてました」

おそらく10キロ近く、体を絞っていたのではないか。
あの、「デン!」とした重そうな印象は微塵もない。
ひと目で、その「本気度」が伝わってきた。

確かに最後の夏、全くといっていいほど
高田のバットは湿っていた。
愛媛の高校野球ファンなら記憶に新しい、2年生夏の愛媛大会での
「バックスクリーン左に飛び込む特大アーチ」。
その残像は1年後の夏の大会中、
高田が打席に立つたびに思い出されたが
結局、再現には至らなかった。

ここまでの選手なのか・・・

しかし、そんな私の思いは全くの「杞憂」に過ぎなかった。
それが判明したのが、
このトライアウト「受験者名簿」を見た瞬間だった。
そして高田は私に言い切った。

「プロ野球に行くというのは、
 野球を始めた小学生の頃からの夢なんです。
 だから、なにがなんでも夢を叶えたくて、
       その第1歩として試験を受けました」

******************************

そして5ヵ月後の3月、
開幕を目前に控えた
愛媛マンダリンパイレーツナインの練習グラウンド。

どこまで仕上げてきたか。
高田の「バッティング」を見に行った。
ところが、また高田の姿が見当たらない・・・「いた!」

なんとそこは、「3塁側ベンチの裏」、グラウンドの外だった。
見れば高田は、「キャッチボール」をしている。
その距離およそ「10メートル」足らず。

「そうじゃない!左肩を開くな!もっとひねって!」

なんと高田は「ボールの投げ方」の指導を受けていたのである。
バッティングどころか、
野球のいろはの「い」まで立ち返っていた。

「全然ですよ。まだまだ。」

コーチするのは、田口大地選手。
去年のキャプテンで、4年目の今シーズンは
プレーイングコーチとして
ルーキーたちの指導を任されていた。

田口は、3年間このリーグで学んできたものを
来る日も来る日も高田らルーキーに注入していった。

高田がポツリと口にする。
「スピードも、パワーもまだまだです。
       やることは山ほどあります。」

そう語る表情は真剣で、余裕もない。
しかし明らかに、才能で勝負してきた高校時代とは違う
「闘争心」がにじみ出ていた。

高田がついに「本気」になっていた―

******************************

そしてさらに3ヶ月が過ぎた。
前期も残り10試合ほど。
ここまで「2位」のパイレーツだが、
高田は「指名打者」として
バッティングラインアップに名を連ねるまでになっていた。

迎えた6月6日。坊っちゃんスタジアム。
ホーム4連戦の初日、前日の試合でヒットを放ち
「感触」をつかんでいた高田は、
この日の第1打席、レフトフライながら
アウトコースの球を「レフトポール際」にまで運んでいた。

そして「第2打席」は4回に巡ってきた。
1点を追いかけるパイレーツは、「2アウト満塁」のチャンス。
ここでバッターボックスには「高田泰輔」が入った。

1球目、スライダーが外れてボール。
2球目、ストレートも外れてカウント0-2。

「カウント0-2になった時点で、もうまっすぐ1本に絞って
おもいっきり振ろうと思ってました」

そして3球目、インコースのストレートに高田は迷わず反応した。

「打った瞬間は『あ~』と思ったんですよ。
 セカンド寄りで詰まってたんで。
 でも、抜けたって分かった瞬間は素直に嬉しかったです」

結局、ライト前への「逆転」タイムリーヒット!

3塁ランナー檜垣が帰り、「同点」。
さらに2塁から比嘉も一気にホームを突き「逆転」に成功した。

2塁ベース上で小さく「ポーン」と手を叩いた高田。
そして―

1塁コーチボックスにいた「背番号71」が
2塁ベース上の高田に歩み寄り、手袋と肘ガードを受け取った。

「ナイスバッティング!」

「田口大地」選手だった。
愛弟子の勇姿に目を細めながら祝福の一言を真っ先に伝えた。

「嬉しかったですね。ありがとうございますって言いました。」

結局、このタイムリーが「決勝点」となりパイレーツが快勝。
高田はこの日、もう1本ヒットを放ち、
初の「ヒーローインタビュー」にも声がかかった。

「これからも1戦1戦、大事に戦っていきます」

****************************

「ヒット1本」に、どれだけの「汗」が注ぎ込まれているか。

「その1本」がどれだけ喜ばしく、深いものか。

1塁側スタンドのファンは、それを「知っている」。
そしてその1本から、「NPBへの長い道のり」が始まることも。

「愛媛のゴジラ」、高田泰輔。
背番号55の持つ重みに、
きょうもまた「フルスイング」を誓う。


6月6日(金) 坊っちゃんスタジアム 861人
福岡RW 010 000 000  1
愛媛MP 000 301 02×  6

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