高橋浩由の「スポーツ素敵に隠し味」

2008年4月 5日(土)

2枚目の色紙




「もう10年経ってるんですよね」

そうつぶやき、大男は目を細めた。
初めて会ったのは宇和島市内のトレーニングジム。

鈍い光を放つ鉄の棒や円盤。
それらが束になって男を苦しめていた。
そして男の顔に赤みが増すたびに、
筋肉は本来あるべき姿に形を整えていった。

「シンゴ!」

オーナー吉見一弘さんの声がジムに響いた。

「はじめまして」

そして男は、そのジムの名のとおり、
日々、自らのステージを「ランクアップ」させ、10年が過ぎた。

松本慎吾。

レスリングのアジア王者の名前だ。
グレコローマンスタイル。上半身だけで組む競技だ。
84キロ級。
なにか名前まで筋肉で出来ているようだ。

去年12月の全日本選手権で優勝。
いつもの年末だ。
なにしろ9回も続くと驚きもなくなる。
王貞治がホームラン王であるように、
長嶋茂雄がミスターであるように。
松本慎吾は自分の役割を果たした。

ただ・・・今回はその優勝が脇役に回っていた。
松本の優勝が新しい命の息吹に華を添えた。

長女・涼那ちゃんの誕生だった。

「練習終わって家に帰り、あどけない顔を見ると癒されますよね」


2004年。アテネオリンピック。
松本は7位入賞を果たした。
しかし満足はしていなかった。
30歳で迎える北京大会。
松本はそこで集大成をぶつける決意を固めていた。

その後の世界選手権でも8位、9位と結果を出した。
順調だった。それまでは・・・

去年の世界選手権で松本は1回戦で敗れた。
北京行きの決定は先延ばしになった。

「集中しきれてなかったですね」


しかし半年後の2008年3月。
韓国で行われたアジア選手権で
松本は決勝進出確定時点で出場枠を確保。
事実上の北京行き決定に、優勝という結果で華を添えた。

「そうですね、家族からエネルギーをもらいました。」

松本は照れずにしっかりとした口調で答えた。

「今回は試合前から、優勝して北京行きを決めるイメージを
 頭にしっかりと思い描いていましたから。 
 集中しきっていましたね。」

1回戦敗退の屈辱から半年遅れの北京行き決定だった。

8月のオリンピック開幕まで128日。
目標を色紙にぶつけてもらった。

太いマジックを右手に書き始めた。
そして、筆が止まった―

「書き直してもいいですか・・・」

見ると「北京」、「金」という文字が
2つ並んだところでストップしていた。

松本に2枚目の真っ白な色紙を渡した。
ほどなくして、書きあがった。
それは、今この瞬間思いついた、初めて書く言葉だという。

「家族の前で、金メダル」

松本がいよいよ本気になってきた。
その目はまっすぐ、微塵の揺れも無い。

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