高橋浩由の「スポーツ素敵に隠し味」

2008年1月21日(月)

次世代への決意  ~梶本達哉投手~


「僕の所は震度4でしたが、阪神大震災のことは良く覚えています」

「日本のへそ」と呼ばれる兵庫県西脇市出身の梶本達哉投手。
当時小学2年生だった達哉少年にとっても忘れられない恐怖体験だった。

そんな中、被災地を勇気づけようと一丸となっていたのがオリックス・ブルーウエーブ。
「特にイチローさんが好きでした」。
地元チームの奮闘振りは、達哉少年にも輝いて見えたという。

あれから12年・・・。
四国アイランドリーグの最多勝利投手に輝いた
愛媛マンダリンパイレーツの梶本投手は
去年11月のドラフト会議、育成選手で指名を受けた。

手を挙げたのは、大好きな「オリックス」だった。

「地元のチームで、思い入れはあります。ずっと応援していたチームです。」

NPBの制度上、「大学休学中」の者は「ドラフト対象外」と伝えられ
落ち込んだこともあったという。
しかしドラフト直前、事態は一転、「特例」として対象選手に認定され、
指名に至った。

刺激的な1年だった。
特に浦川大輔投手のマウンドさばきや心意気には目を奪われた。
そして同部屋だった松坂恭平選手からは、兄譲りの体のメンテナンス法など
一流選手の考え方も学んだ。

チームで1人だけの指名に、梶本は「第2の故郷」への恩返しを胸に期す。
「自分が活躍することでパイレーツ関係者に勇気を与えたい」
原石が真の輝きを放ち始めている。

現在、神戸で新人合同自主トレに励む梶本。
今度は自分のピッチングで神戸を元気にしたい―

「1.17」のきょう、彼の決意は確信に昇華する。

コメント

コメントする

  • 個人情報の取扱いについて(必ずお読みください)
  • コメントはあいテレビの判断により掲載されないことがあります。
  • コメントの内容を編集することがあります。
  • 名前はペンネームでもかまいません。

※メールアドレスはサイト上に公開いたしません。

アナウンサールームトップに戻る

プロフィール

最近の記事

月別アーカイブ

2021年
2020年
2019年
2018年
2017年
2016年
2015年
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年