高橋浩由の「スポーツ素敵に隠し味」

2021年2月 5日(金)

夢に集い、あすへ踏み出す ~川之石野球部 甲子園に最も近づいたあの夏~

「ああ、残念・・・」

そう言ったきり、男性教諭はスチール製の椅子の背にもたれながら

パソコン画面を見つめ続けていました。

               *

「21世紀枠四国地区候補校」に選ばれていた「川之石野球部」。

先月29日、川之石高校の体育教員室では

2人の教諭が自席のパソコンに映し出される

「選抜高校野球大会」出場校発表のLIVE配信を

固唾をのんで見つめていました。

ひとりは野球部の松本富繁監督。

そしてもうひとりが「梅本定男」さんです。

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(左:松本富繁監督  右:梅本定男元監督)

            *

今から38年前の1983年、夏の高校野球愛媛大会で

「川之石」は初の決勝進出を果たしました。

当時、決勝の相手は

若き宇佐美秀文監督率いる「川之江」。

「川川対決」となった決勝は大いに注目を集めました。

            *

しかし川之石は7対4で敗れ、甲子園初出場はならず。

結局これが「チーム史上最も甲子園に近づいた瞬間」となりましたが

この時の監督が梅本さんでした。

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(1月29日 NスタえひめOA)

           *

当時梅本さんは26歳の青年監督。

川之石が勝ち進むごとに、報道陣からは

その采配や指導方法などについて様々な質問を受けたそうです。

           *

そして決勝戦の舞台にチームを導いた梅本さん。

ところが・・・

           *

「怖くなりましてね・・・」 

(高橋:怖い?)

「実は私の専門は『剣道』なんですよ」

(高橋:へっ?)

「当時、川之石に来たら

『野球部の監督をやってくれ』と言われたんですよ」

(高橋:野球経験は?)

「ありませんよ(笑)。

 実はあの夏で監督を辞めるつもりだったんですよ。

 でもせめて最後ぐらい1回は勝ちたいなと思っていて...」

           *

実は川之石はその前年の夏まで「7年連続初戦敗退」。

           *

「ですから1回戦で勝利した時点で、もう私は満足して、

 2回戦からは『負けてもいいから思いっきりやってこい』と」

(高橋:ベンチのムードは?)

「それはもう選手達は楽しそうにやってましたよ。

 負けていいって監督が言ってるんですから(笑)」

           *

プレッシャー「ゼロ」。

そんなリラックスムードの中、川之石ナインは伸び伸びプレーすると

5試合で33得点と打線が爆発。

あれよあれよという間に決勝戦に駒を進めました。

           *

ところがここで突如、我に返った梅本さん。

「怖くなりましてね・・・次勝ったら「甲子園」と考えたら。

 そんなこと全く考えてませんでしたから」

           *

ただ、そこで欲が出ないところが梅本さんなのでしょう。

           *

「本当に変な話なんですけれども、川之江さんに逆転された時に

 心の中で「ホッ」としている自分がいたんですよね。

 あの時、私がもっと欲を出していたら・・・」

           *

でもきっと、梅本さんのそんな自然体の雰囲気こそが

かえって川之石ナインの自主性を引き出し、

この夏の快進撃に繋がったことは想像に難くありません。

           *

実際この決勝でも、2回表に3長短打で2点を先制したのは川之石。

なんとたくましい選手達ではないですか。

           *

直後の2回ウラには川之江打線に一挙6点を奪われ逆転されますが、

川之石ナインは6回に2点を返し2点差に詰め寄るなど

〝監督の想像を超える″粘りを見せ、最後まで戦い抜きました。

           *

結局7対4で川之石は敗れましたが、

この夏、夢のような5試合を戦い抜いた川之石ナインの勇姿は

ミカン山と宇和海に囲まれた八幡浜市保内町民の心を1つに繋ぎ、

大いに勇気づけたことでしょう。

      *    *    *

あれから38年。

2021年1月29日の午後3時すぎ。センバツ21世紀枠の発表―

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しかし吉報は届かず。

またも甲子園は「梅本さん」の前を通り過ぎていきました。

            *

「残念ですけれども、ぜひ夏に向かって頑張ってほしいです」

梅本さんは笑顔で、そう一言。

            *

1時間後、西日の差すグラウンドでは

もう、野球部員達の元気な声が響いていました。

            *

そして梅本さんは64歳のきょうも

「竹刀」を手に部員たちの待つ剣道場へ向かいます。

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1983年 夏の高校野球愛媛大会

川之石の戦績

1回戦 〇8-3松山南

2回戦 〇9-0土居

3回戦 〇3-1新居浜商

準々決 〇9-6北宇和

準決勝 〇4-2宇和

決 勝 ●4-7川之江

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(写真:川之石高校野球部 監督室より)

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