高橋浩由の「スポーツ素敵に隠し味」

2012年05月11日(金)

しまなみ海道 東海岸周り

緑色濃い季節となりました。

先日、GWを利用して・・・というより

ポッと思いついて、しまなみ海道を流してきました。

もちろんチャリです。

 

5月5日こどもの日。

起床は7時。すでに寝坊・・・

 

予定では3時に起きて、4時には自宅を出て、

6時にはしまなみ海道の起点、サンライズ糸山を出発のはずでした。

 

それでも10分で準備して出発。

サンライズ糸山に8時半に着きました。

すると・・・

 

s-糸山混雑ぶり.jpg

 

ご覧の通り、レンタル自転車のカウンターは大行列。

さすがはサイクリストの聖地です。

 

そんな様子を横目にペダルに圧を加えれば、

来島海峡はきょうも絶景~。

深呼吸もいつも以上に深くなり、

たるんだ腹も、緩んだふくらはぎも

ビシッと引き締まる予感もしてくるってもんです。

 

s-来島大橋 スタート前.jpg

 

そして来島海峡大橋を渡りきり・・・

伯方島から大三島へ渡り・・・

 

 

s-大三島橋 GW.jpg

 

 

さらに多々羅大橋を渡って生口島へ。

振り返れば橋の向こうが多々羅公園、

手前の茂みはミカンの木です。

広島産になるわけですが。

 

 

s-多々良大橋GW.jpg 

 

そして生口島の西海岸を走っていると・・・

 

おじさんが「採れたてレモン」を売ってました。

 

 

s-採れたてレモン.jpg

 

皮ごと食べられました。

 

 

こんな感じでトロトロ走ってると

 

あっという間に因島の土生港に到着。

 

s-土生港 GW1.jpg

 

そして水路のような海をはさんで

向こう岸は生名島。

 

s-生名島 GW.jpg

 

ご存知、やり投げ村上幸史選手の故郷。

翌日のゴールデングランプリ川崎では

残念ながら2位でした・・・

 

 

小さな港ではありますが、

やはりここにも出会いと別れ・・・

 

 

s-石碑 GW.jpg

 

 

 

 

そして因島の土生港から乗船。

船はわりと便数もあって便利です。

 

s-フェリー GW.jpg

 

 

 

そしてこちらは

生名島と弓削島を結ぶ新しい橋。

s-生名橋 GW.jpg

 

生名と弓削が陸続きです。

そして船はしまなみ海道を右手に、

時々寄航しながら今治へ・・・

 

 

今治を発着点に出来るので

 

車で自転車運んでいる人も、

 輪行が大好きなあなたも

  船旅が好きな君も

 

とっても楽しめるルートですよ~

 

では・・・

2012年05月02日(水)

武田大作選手 3つの山を乗り越えて・・・

『もう漕がない』と浦は言いました。

  『武田さんはオリンピック行ってください。

    僕はもういいですから』って。

 

目の前に「3つ目」の壁が現れた瞬間だった。

 

ボートの第一人者、愛媛のダイキ所属の「武田大作」38歳。

去年11月のアジア予選国内代表選考会では

日本協会の不可解な選考で「補欠」に回された武田。

 

「一番苦しかったのは年末頃でしたね」

絶対におかしいと思いつつも、レースは終わっている。

結果も出ている。

そして何よりも、内定をもらった別の2選手はさらに練習を積み、

相棒となるであろう「浦選手」の気持ちは完全に切れかかっている。

自分も練習は続けていても気持ちはもうギリギリの状態だった。

 

それでも武田は、家族や会社関係者をはじめ、知人友人、さらには

長年練習してきた梅津寺海岸での馴染みのおじいちゃん、おばあちゃんまでもが

「支えてくれた」ことで、スポーツ仲裁機構に申し立てを決行する。

 

「強い者がオリンピックに行くべきだ」

 

その強い信念は実を結び、

その後別の2選手の「内定」は撤回された。

 

そして迎えた4月6日。

埼玉県戸田市の漕艇場で行われた

アジア予選日本代表選考会の「再レース」。

 

s-戸田漕艇場.jpg 

 

 

コースはいつもと同じ、2000メートル。

しかし、競い合っているのは2艇の4人だけ。

大会の時のような横断幕や旗もなければ派手な装飾もない。

 

ところが、コース両岸からは

悲鳴のような声援が4人に注がれていた―

 

「行け~ タケダせんぱ~い」

「ガンバレ浦さ~ん」

 

その声は2000メートルに渡って途切れない。

先輩も後輩もいただろう。

ボート関係者のOBもいたのかもしれない。

目の前を通過する2艇のクルーに思いの丈をぶつけ続ける。

 

それは、「スポーツの健全性」を守るために立ち上がった

一人の男に対する称賛の念と、

その思いに異議を唱えることも無く「再レース」を飲んだ

「内定を取り消された」2人の清々しさに救われた

感謝の念だったかもしれない。

 

再レースは終わり、武田・浦ペアは勝った。

 

1レース目 武田・浦組  6分38秒04

      須田・西村組 6分38秒53

 

2レース目 武田・浦組  6分29秒29

      須田・西村組 6分30秒19

 

いずれもタイム差は1秒以下。

接戦だった。

これが武田にとって「2つ目」の山・・・

 

 

そして「3つ目」の山。

それは、キレかけている「浦選手」の

「オリンピックへの情熱」を思い出させることだった。

 

「4月6日のレースはやりますが、それ以降はいいです。

 武田さんはオリンピックに行ってください」

 

 

しかし武田は「4年前」の記憶を1つづつ手繰り寄せ、

「あの日の北京」の悔しさを、浦の心にもう一度思い出させていった。

 

「北京の惨敗をお前は納得しているのか」

 

あの日、浦は原因不明の喘息に見舞われ、

コンディション作りに失敗していた。

 

「お前しかいないんだ。まだレースがあるぞ。

  我々が速かったということを証明しよう。

   競技選手としてもう一度、勝負をしようじゃないか」

 

そして武田は言った。

「俺はお前を信頼している」

 

 

s-戸田漕艇場2.jpg

 

4月26日、韓国で開幕した

ロンドンオリンピックアジア予選。

 

武田・浦組は

1回戦、準決勝をトップタイムで通過すると、

29日の決勝戦では2位艇に6秒差をつけての圧勝。

見事、ロンドンオリンピックの日本代表の座を掴み取った。

 

帰国後、松山空港での会見で

武田はこう締めくくった。

 

「2度とこういうことが日本のスポーツ界でおきて欲しくない。

  なぜなら、スポーツは素晴らしいものですから」

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