高橋浩由の「スポーツ素敵に隠し味」

2011年6月10日(金)

雨が降って、地は・・・

試合が中断した。

主審に促され、両軍の選手が

名残惜しそうにベンチに引き上げていった。

 

マウンドとホームプレートの上には

シートがかけられた。

 

s-雨の坊スタ.jpg

照明灯の明かりはシートの上で不規則に反射し、

スタンド上部のひさしの下に一時避難したファンから

少しずつ言葉を奪っていく。

 

6年前も雨だった―

 

***************************

 

 

わかりました、やります!

 では、今からグラウンドを整備しますので

  ちょっと待っててください。

 

マイクを握りスタンドに語りかけたのは

石毛宏典さんだった。そして、こう呼びかけた。

 

もしよろしかったら

  一緒にやりませんか!

 

s-雨の宇和島.jpg

 

リーグ創設1年目、天気は雨。

内野グラウンドにはすでに水溜りがあちこちに。

 

きょうは中止か・・・

 

ところが試合開始時刻の午後1時が近づく中、

リーグ創設者が発したのは・・・

 

こんな天気です。

雨の中、観戦していただくのも大変です。

中止するのも選択肢のひとつでしょう。

ただ時間はかかりますが整備すればやれなくもない。

どういたしましょうか。

 

こんな言葉だったように記憶している。

そして、冒頭の言葉が続いたのだった。

 

新鮮だった。

ファンとスタンドはネットをはさんで

別世界だと無意識に思い込んでいた。

 

ところが石毛さんは

たった一言でその垣根を取り去ってしまった。

 

そして両軍の控えの選手はもちろんスタメンも

監督コーチ、スタッフも

ウグイス嬢も、ボランティアスタッフも

そして飛び入り参加?のファンも...

 

靴を脱いで裸足になり、

裾をまくって土を踏みしめ、

スポンジ片手に水溜りと格闘し始めた。

 

s-雨の宇和島2.jpg

 

「高校以来だな、こんなの」

「1年の時やらされたな~」

 

「疲れてね~か?」

「移動が大変だけど、もう慣れたし」

 

「西さん、球はえーな。プロ行けるんじゃね?」

「練習見にスカウト来てたぞ」

 

「飯、どうしてる?」

「金ねーし、自炊に決まってんだろ」

 

「愛媛はファン多いな」

「お前の所はガラガラだな」

 

あちこちから聞こえてくる選手たちの肉声。

グラブとバットをスポンジに持ち替え

泥水を吸い取ってはバケツの中に絞り出す。

 

それはまるで

水溜りに映し出された自分の不安を

一心に吸い取っているかのようだった。

 

不安はエネルギー。

 

不安こそ原動力。

 

 

s-雨のスタジアム.jpg

 

ルールよりも、常識よりも、気持ち先行型の不器用な姿は

一気にファンの心を鷲づかみにしていった。

 

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6年後、スタジアムに再び雨が降った。

 

ファンはスタンド上部のひさしの下に。

 

選手はベンチの奥へ。

 

照明灯に浮かび上がる無人のグラウンド。

 

じっと見つめながら過ぎ去った時間を噛み締める。

 

 

「ゲーム!」

 

30分後、突然主審が右手を上げて宣言し、5回コールド。

試合は成立した。

 

雨には勝てなかったが、

 

愛媛マンダリンパイレーツは勝ち、この夜2位に浮上した。

 

 

 

選手全員がベンチ前に出てきた。

 

一列に並び、スタンドに向けて一礼した。

 

 

30分間無人のグラウンドを見つめ続けたファンは

 

スタンド上部のひさしの下で

 

雨を避けながら拍手を送った。

 

s-雨の坊スタ2.jpg

 

 

 

 

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