雨が降って、地は・・・
試合が中断した。
主審に促され、両軍の選手が
名残惜しそうにベンチに引き上げていった。
マウンドとホームプレートの上には
シートがかけられた。
照明灯の明かりはシートの上で不規則に反射し、
スタンド上部のひさしの下に一時避難したファンから
少しずつ言葉を奪っていく。
6年前も雨だった―
わかりました、やります!
では、今からグラウンドを整備しますので
ちょっと待っててください。
マイクを握りスタンドに語りかけたのは
石毛宏典さんだった。そして、こう呼びかけた。
もしよろしかったら
一緒にやりませんか!
リーグ創設1年目、天気は雨。
内野グラウンドにはすでに水溜りがあちこちに。
きょうは中止か・・・
ところが試合開始時刻の午後1時が近づく中、
リーグ創設者が発したのは・・・
こんな天気です。
雨の中、観戦していただくのも大変です。
中止するのも選択肢のひとつでしょう。
ただ時間はかかりますが整備すればやれなくもない。
どういたしましょうか。
こんな言葉だったように記憶している。
そして、冒頭の言葉が続いたのだった。
新鮮だった。
ファンとスタンドはネットをはさんで
別世界だと無意識に思い込んでいた。
ところが石毛さんは
たった一言でその垣根を取り去ってしまった。
そして両軍の控えの選手はもちろんスタメンも
監督コーチ、スタッフも
ウグイス嬢も、ボランティアスタッフも
そして飛び入り参加?のファンも...
靴を脱いで裸足になり、
裾をまくって土を踏みしめ、
スポンジ片手に水溜りと格闘し始めた。
「高校以来だな、こんなの」
「1年の時やらされたな~」
「疲れてね~か?」
「移動が大変だけど、もう慣れたし」
「西さん、球はえーな。プロ行けるんじゃね?」
「練習見にスカウト来てたぞ」
「飯、どうしてる?」
「金ねーし、自炊に決まってんだろ」
「愛媛はファン多いな」
「お前の所はガラガラだな」
あちこちから聞こえてくる選手たちの肉声。
グラブとバットをスポンジに持ち替え
泥水を吸い取ってはバケツの中に絞り出す。
それはまるで
水溜りに映し出された自分の不安を
一心に吸い取っているかのようだった。
ルールよりも、常識よりも、気持ち先行型の不器用な姿は
一気にファンの心を鷲づかみにしていった。
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6年後、スタジアムに再び雨が降った。
ファンはスタンド上部のひさしの下に。
選手はベンチの奥へ。
照明灯に浮かび上がる無人のグラウンド。
じっと見つめながら過ぎ去った時間を噛み締める。
「ゲーム!」
30分後、突然主審が右手を上げて宣言し、5回コールド。
試合は成立した。
雨には勝てなかったが、
愛媛マンダリンパイレーツは勝ち、この夜2位に浮上した。
選手全員がベンチ前に出てきた。
一列に並び、スタンドに向けて一礼した。
30分間無人のグラウンドを見つめ続けたファンは
スタンド上部のひさしの下で
雨を避けながら拍手を送った。