高橋浩由の「スポーツ素敵に隠し味」

2008年11月25日(火)

王者復活を支えた「10年前の迷い」

 

「ラグビーで流れを変えるのはやはりタックルですよ」

 

そう一言つぶやいて西の空に目をやった1人の青年監督は

眩しそうに目を細めた。

 

2008年11月21日。午後5時過ぎ。

午前中からの雨が上がり西の空の雲の切れ間からは

青空が顔を出し始めていた。

 

この1時間前、私は新田高校グラウンドに到着した。

3日後の大一番に向けての取材だ。

全国高校ラグビー大会愛媛県予選決勝。

3年ぶりに花園に王手をかけたチームの戦力を

あらためて確認するためだった。

 

ところがグラウンドに誰もいない。

 

(3日前だし、金曜日だし、他の部活はやってるし、

もしかして練習終わってしまったか・・・)

 

「・・・留守番電話に接続中です・・・・」

大西監督の携帯は2度、機械的に私に告げた。

 

「すいません、ここからグラウンドは見えないんです・・・」

さらに代表電話の向こうの方にも食い下がってしまった。

ラグビー部が、きょう練習していたかどうか、

いないなら今、大西監督はどこにいるのか・・・

 

「ちわ~っす」

 

いた。

選手たちの元気な声が響き始めたのは午後5時を回った頃だった。

ミーティング中だったという。しかし、1時間も―

 

「いや~、長くなってしまいまして」

大西監督だ。31歳、監督3年目。

「選手たちといい会話ができました。自然な感じの」

聞きたい。サマリーだけでも。

「ん~、自分たちにとってやられてイヤなプレーは何だと思う?って」

やられてイヤなこと?

「それは、相手にとっても同じこと。

  そこを突けばいいんじゃないか?って」

 

イヤなことはいっぱいあったのだろう。

少なく見積もっても半分の30分間は

自分たちの弱点をさらけ出しているはずだ。

 

しかし今の今まで考えたくもなかった自分たちの弱点に正対すると

かえって気持ちがすっきりするかもしれない・・・

 

なによりも「己を知る」ことは、敵を倒す上での絶対条件だ。

このチームが「このチームらしく」戦うために―

 

「明らかに三島さんの方が力は上ですよ。

 でも、3度同じ相手に負けるわけにはいきません」

 

では、どうする。

 

「タックルで勝つ。タックルで前に出る。

 最後は気持ちが強い方が勝つ。そう信じています。」

 

照明塔にはまもなく灯がともり、実戦練習が始まった。

土のグラウンドにはあちこちに「水溜り」。

選手たちのジャージはあっという間に色を失い敵か味方か

見分けがつかなくなった。

 

*********************************

 

3日後、雨。

 

決勝戦の試合開始を告げるホイッスルが鳴った。

花園切符をかけたファイナル。

 

新田のキックオフ。

ボールの落下点目指してなだれ込んでいく

濃紺にブルーラインのジャージ。

 

目を引く出足の鋭いタックル―

それは30分間休み無く続いた。

 

新田は第2シード。三島は第1シード。

そこに至る経緯はこうだ。

 

1月の新人大会準決勝 ○三島32-7新田。このあと三島が優勝。

4月の四国大会県予選決勝 ○三島55-0新田。

6月の県高校総体決勝(10人制) ○三島24-7新田

 

つまり全部三島の勝ちだ。既に3冠達成。

この試合に勝てば去年の北条に続き4冠を達成することになる。

そして新田は今シーズン、三島に3連敗という事実。

 

ただ、最後の直接対決、県総体からは5ヶ月あまり・・・。

高校生年代の若者の吸収力からすると、

何かを身に着け、自信を手に入れるには決して足りない時間ではない。

もちろんそこには「気持ちの強さ」が必要になるが。

 

前半30分が終了した。7対0で三島がリード。

しかしわずか1トライ1ゴール差。

 

「新田にとってはもう、上等上等の内容ですよ」

 

実況席の解説、小山田眞也さんがうなる。

(大分国体少年の部監督、東予ラグビー部監督)

 

ハーフタイム。円陣の中央で選手を前にする監督大西良。

言葉は短い。迷いはない。

後半一気に勝負に出る覚悟を固める。

 

自分たちらしさを全面に出して―

 

*********************************

 

実は大西監督には、苦い思い出がある。

 

新田OBの大西監督は、FWフッカーとして

現役時代93、94年度と2度花園に出場した。

2回戦で敗れ、正月を花園で迎えることは出来なかったが

その後、169センチ80キロの小柄なファイターは

法政大学でも活躍し、4年生の時にはキャプテンに抜擢された。

 

この年、法政は強かった。

 

新田OBの坂田正彰選手(元日本代表~サントリー)が

キャプテンを務めた94年、関東大学ラグビー対抗戦で

2位になった法政は、その後、次第に順位を落とした。

 

しかし大西選手の入学以降、法政は再び息を吹き返し

98年11月22日の秩父宮に乗り込むことになる。

 

そして大西キャプテン率いる法政は

「関東学院大学」との死闘を制し5年ぶりのリーグ戦優勝を飾った。

 

○法政大 34-32 関東学院大

 

しかし話は続く。

 

その1ヶ月後の大学選手権。

法政は1回戦で「日体大」を91対12で圧倒し

2回戦で「早稲田」との対戦が決まった。

 

しかしここでキャプテン大西を悩ます事態が発生した。

実は日体大戦の大勝は、主に「バックス展開」によるもので、

その圧倒的な勢いに、首脳陣やOBらからは

「次もバックス展開で行け!」という要望が多数寄せられた。

 

ところがキャプテン大西は全く逆の考えだった。

 

「このチームが本当に自信を持っているのは『フォワード』。

 やはり自分たち本来の姿で勝負するべきだ」

 

そして98年12月27日。

晴れ渡る年の瀬の秩父宮での「早稲田」戦当日、

大西は決断した。

 

「もう1試合バックスで勝負して、

  次の準決勝からフォワードで行こう・・・」

 

確かにこの年、早稲田は本来の強さはなかった。

この時の早稲田には、センターに啓光学園出身の山崎勇気(4年)という

スター選手がいたが

シーズン前の交流戦でも、黒星ながらわずか4点差。

なによりも法政には勢いがあった。

 

ところが結果は―

 

法政大●16-20早稲田大

 

バックス展開は早稲田の出足の良さに寸断され、

最後はインターセプトによるトライ1本差で法政は涙を飲んだ。

 

あれから10年―

母校の監督に就任して3年目。

 

「あの日のことは、今でも反省しているというか、

 後悔しているんですよね。先を見てしまったというか・・・」

 

 

*********************************

 

今シーズンを締めくくる花園予選決勝も残り30分。

得点は0-7で三島がリード。

しかし、監督大西に迷いはなかった。

新田らしさとは何か、自問自答するまでもなかった。

 

タックルで勝つ。タックルで前に出る。

 

そして勝負に出た。

 

後半 1分、まずキャプテン11番増田がトライ。 

後半 7分、再び増田のトライで逆転。

後半13分、6番徳田がPG成功。

後半25分、12番逢坂がトライ。

 

結局、後半怒涛の攻めを繰り広げた新田が優勝。

3年ぶり44回目の花園切符。

 

監督大西は、初めて男になった。

 

決勝

○新田 24-12 三島

 

そして5分後。

監督大西は、泣いた。

これまでのラグビー人生を脳裏に浮かべ、

長い沈黙のあと全ての思いは嗚咽に押し出され、

大粒の涙となって芝の上に落ちた。

 

「最後まであきらめない気持ちが出たと思います」

 

搾り出すような声だったがもう一言付け加えた。

 

「新田高校らしく、『タックルで前に出る』というのを

全国で示せたらいいかなと思います」

 

全国高校ラグビー大会愛媛県予選

優勝 新田高校ラグビー部

監督、大西 良 31歳。

 

 

試合後、ニンジニアスタジアムでは雨があがった。

雲の切れ間からは10年前の秩父宮と同じ、青空が覗いていた。

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