スポーツキャスター高橋浩由がお届けする熱い!愛媛のスポーツブログ
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エピソード1 


2008/08/07 14:04
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95年10月。

野茂英雄がドジャーブルーを身にまとい

トルネード旋風を巻き起こしたシーズン終盤。

愛媛のスポーツ界と出合ったのは丁度この頃でした。

 

そして年が明けた96年2月。

当時の上司から一言、指示がありました。

 

「月曜から金曜までスポーツコーナーをやれ」

 

それがどれほどのことなのか、

テレビ業界入りたての私にとっては全くの手探りでしたが、

よき先輩方に恵まれスタート。

全てはここから始まりました。

 

あれから12年間、

私の机の引き出しの奥には

A4サイズの1通の企画書がしまってあります。

 

ITVスポーツ ウイークリー企画を考えるにあたり」

 

見出しはこうでした。

そして、その下の四角い囲みの中に書かれた言葉。それは・・・

 

「愛媛県のスポーツ界は、来るところまで来ている」

 

失礼を承知の上で言えば、

当時の私には危機的状況にあると映りました。

そしてその理由を私は次のように記していました。

 

*********************************

「福島国体 46位」

本県の国体での成績は天皇杯、皇后杯ともに徐々に下降線をたどり、

今年は史上最低2度目の天皇杯46位と、大不振だった。

「振り向けば高知」という状況のなか、このままの状態が漫然と続くと、

平成14年の高知国体では、史上最悪の結果も予想される。

 

国体がスポーツ界の全てではないが、

全体的な環境を整える上では

やはり現状を端的に表していると言える。

また、各競技ごとの全国大会でも単発的に好結果を残すこともあるが

継続的な力を持つ競技はやはり少数と言えよう。

*********************************

 

あれから14年―

 

「変わったな〜」と、今しみじみ思います。

 

「愛媛FC」も「愛媛マンダリンパイレーツ」もない時代。

愛媛スポーツ界最大のトピックといえば、

やはり「甲子園」、そして「国体」でした。

 

グラウンド、体育館、道場、海、川、ダム湖・・・


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