






松山空港と関西国際空港を結ぶ航空路線が、今月一杯で廃止されます。
上海、ソウル便しか国際線がない松山空港にとって、国際線へ乗り継ぐ重要な路線です。
搭乗率は採算ラインを下回る40%台という事ですが、
先日もこれだけのお客さんを乗せて飛んでいました。
私のほぼ唯一の趣味が(格安)海外旅行なので関空線がなくなるのは本当に辛いのですが、
ビジネスで利用する方々にとってはもっと深刻でしょう。
伊丹空港経由ではさらに2時間の余裕が必要で、なんだか世界が遠くなった気がします。
空港の着陸料が他国並みに安ければ・・・
大阪の空港を関空か伊丹のどちらかに一本化していれば・・・
日本の航空行政のお粗末さを実感しています。
★★
さて、話は変わりまして、その関空(展望ホール)でステキなステキな展示会が開かれています。
エールフランスの大阪就航40周年を記念して、
その歴史やデザインを振り返る「エールフランスミュージアム」が11月1日まで開催中です。
↓設営作業中
仕掛け人は、エアライングッズが好きな私が時々通う、神戸の雑貨店「NOTAM」の大前店長。
先日、偶然設営中にお邪魔することが出来て1年ぶりにお会いしたのですが、
お忙しい中にも関わらずエールフランスの社内中から集めたというレアグッズを紹介していただきました。
「これすごいんですよ!エールフランスの昔のスチュワーデスの制服を着たバービー!」
「昔の実際のスッチー帽子です!」

若干怪しい写真になってしまいました。ごめんなさい。
関空・・・アイラブ・・・。
長かった選挙戦が終わりました。
この夏の炎天下、県政記者さんのフォローで選挙取材を担当し、
開票日当日も民主候補の選挙事務所で記者として取材に走り回っていました。
愛媛1区。僅差でしたね。
勝敗が決まった直後、小選挙区で負けた民主候補に「票数を教えてください」と聞かれ、
メモに書いて渡したのですが、
ほんの1秒で内容を把握できる程度の走り書きを、その候補者はじっと見つめていました。
飲み込めないものを飲み込もうとする表情で。
保守王国の壁は意外なほどに厚かった訳です。
とはいえ、「現状を打破したい」という国民の思いが
これほどまでに高まった選挙は近年なかったと思います。
縮小する経済、進む高齢化、膨らむ借金、低下するモラル、
GDPも中国に抜かれつつあり、低下する国際社会での影響力。
少なくとも政治・官僚の場面から危機脱出の糸口を、というところでしょうか。
政権が変わり、私たちの生活にはどのような変化が起こるのか。
これからも取材が続くことになります。
きょう午後3時から、県政記者さん渾身の報道特番、
「混とんの行方・自民王国の選択は...」放送です。
ある日の報道部会議。
20人ほどがロの字型にテーブルを囲み、重苦しい雰囲気。
し~ん。
番組の放送システムでイレギュラー運行があるというので、
部員に注意を喚起するために上司が一言。
「これ、耳をロバにして聞くように」
し~ん。
「来週は番組スタートが15秒早いので、オンエア前に運行システムを再確認するように」
しーん。
「聞いてるか?ちゃんと。これ、大事な話だから。耳をロバにして!」
し~~~ん。
ダンボです。
「高知の夏を彩るよさこい祭りが、今年も開幕しました」
・・・あまり良しとされない定型ニュース原稿です。
私は4年前まで高知で同じ仕事をしていたのですが、
よさこいは「取材」する立場なので、じっくり楽しむことが出来ませんでした。
いつか観光客となって、現場を走り回るテレビマンたちを見ながら
「汗かいて働け・・・働くんだ・・・」とつぶやきたい、と思っていたのですが、
この夏、初めて休みを取って観光客として行ってまいりました!!

10日午前11時。
帯屋町競演場は広末涼子さん(写真中央)もいる「帯屋町筋チーム」を皮切りにスタート!
広末さん年一回の「凱旋」です。先頭にいたオトンは長塚京三さんそっくりです。

こちらは高知大学農学部チーム。
地方車(じかたしゃ)で国旗と旭日旗を結びつけたワイパーがグイングイン動いていて、
色んな意味でハラハラしました。
しかも踊り子たちの衣装は、着ぐるみ・ロック・江頭2:50とバラバラです!(褒めてます)
江頭・・・の上半身裸は禁止されていた気がするのですが、まあ高知やき、かまんかまん・・。
出場チームは180チームを超えるので、おそらく全部見るのはほぼ不可能です。
個人的には島崎和歌子さん率いる某銀行チームも見たかったのですが、捕捉出来ませんでした。

来年は「暴愚(ボーグ)~おらんくの風~」というチームを作り、
マドンナのボーグ踊りで狂喜乱舞しよう!と高知の友人と誓いました。
*友人は公務員なので写真を意図的にカットしてあります。
***
ちなみにそんな私、まつやま祭りではしっかりと踊ったことがあります。
主催者の方が「愛媛各局の男性アナを集めたい」と言うので「それなら...」と承諾したのですが、
当日、ほかの民放アナウンサーは全員仕事でキャンセル。
結果、「お前イケメン(連)じゃね~だろが!!」という視線を全身に浴びながら、
ひとり最後尾で踊ることになった次第です。早く時間が過ぎて欲しいと思いながら・・・。
来年は両方制覇したいですね!!
少し前の話なんですが・・・
「キミハ・ブレイク」のJNNアナウンサーハプニング大賞で
私の渾身の笑顔が全国のお茶の間で嘲笑の対象になっている頃、
私は標高2000メートル近い石鎚山山頂の山荘にいました。
7月1日、お山開き。西日本最高峰の石鎚山でも神事が行なわれます。
ITVを始めとした愛媛の報道各社も毎年取材のために登るわけですが、
基本的に前日の夕方までに山頂の山荘に入ります。
今年の記者は私。
ビルの谷間でジャズを聴きながら育った私は(うそ)
山登りなどまともにしたこともなく不安で仕方なかったのですが、
当日はものすごい風雨の中、ほとんど放心状態で3時間の山道を登りました。

ようやく頂上に立ったものの。。。霧が濃くてよく判りません。
(写真も撮ってません)
夜を迎え、取材陣全員が同じ部屋で早々と就寝。
ひたすらイビキと風の音が響いていましたが、
耳栓を持ってきた私は勝ち組といって差し支えないと思われます。
翌朝は無事に神事が行なわれ、取材も滞りなく終了。
ITVでは中継機材をエッチラオッチラ担いで登っていましたので、
すぐに頂上から本社へ伝送し、お茶の間へと映像をお届けいたしました。
週末まで疲れが取れませんでしたが、なかなか貴重な体験でした!

余談ですが、とある新聞社の警察担当の若い記者さんが、
明らかに「朝、1時間で登って来ましたけど何か?」という様子で
泥の付いた普段着withコンバースの格好で地面に座り原稿を打ち、
携帯電話で連絡を取り合っていました。
全然疲れている様子はなく、
「これから警察署3つ回って、もう1つ山に登るっすよ!ガハハ」とでも言い出しそうな雰囲気で、
字面からは伝わりづらいのですが、記者魂を見た思いがして感動しました。
あ、でも、普通の人は普段着で登っちゃダメですよ。
千葉の実家の飼い猫(ミー・オス)が、きのう亡くなりました。
17歳と少し。イエネコだったのもあって、ずいぶんと長生きでした。
先週末、実家に帰ったときには押入れの中の猫ベッドで丸くなっていて、
いつも久々に会ったときには「ニャー」と挨拶してくれるのに、
もうその気力も無かったようで、猫はただうつろな目で前を見ていました。
もう歩くこともままならず、1歩歩くのに数分とか掛かる状態で、
砂のトイレも押入れの前に置かれていました。
それでもきちんとトイレに行こうとする猫。そんなに頑張らなくていいのに・・・。
夜、居間に布団を敷いて寝ようと言うとき、猫がゆっくりゆっくり居間へ出てきました。
エアコンの冷気にあたりたいのかな・・・と思っていたら、
20分くらい掛けて私の布団に乗ってきました。
驚いてしばらく撫でていたら、また帰ろうとするので、猫ベッドまで運んであげました。
彼なりに最後の挨拶をしたかったんでしょう。
ニャーと鳴くことはありませんでしたが、「じゃあね」と言ってる気がしてなりませんでした。
猫は今年の正月くらいまで丸々と太っていて、
フワフワでモサモサでプヨプヨな猫だったのですが、
今の時間、おそらく片手に乗るくらいの小さな小さな箱に収められているはずです。
ミー、天国でゆっくり休んでください。

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